ツーアウトっ!

 ふと、めまいがして、体の力がすっと抜けた。ヤバい倒れそうと思ってみとどまると、そのあとには、めまいは最初からなかったみたいに消えていた。


 私は変わらず、道路のまんなかに突っ立っていた。

 対するクルミはピンピンしていて、道路に寝転びながら、ほこらしげにこっちを見上げている、ような気がする。


 ただちょっとのあいだ、目をつむって考えごとをしていただけなはずなのに、……なんだか私は、どっと疲れていた……。

 まるで、インフルエンザにかかって、ずっと寝こんでいたみたい。とくに脚がすんごいダルい。ずいぶん長いことこの場に突っ立っていたみたいに。


 カラスさんのほうも相変あいかわらず電線にとまっていて、私のことを見下ろしていた。


「……もしかしてわたし、立ったまま寝てた?」と私は、冗談じょうだんでカラスさんに言ったんだけど、なぜかカラスさんはちょっと考えこんで、私が予想よそうもしない言葉を返してよこした。

「わからない。もしかするとおまえは、哲学的てつがくてきゾンビなのかもしれないしな」

「えっ、ゾンビ? ……どうしてそうすぐに、わたしを殺そうとするの……? わたしちゃんと生きてるから……。ていうかテツガク的ゾンビってなに? なんかめっちゃ頭よさそうだけど……、……あれかな、ゾンビだけど、『考える人』みたいなポーズをとってるとか?」

「ぜんぜん違う」

「そですか……。ていうかホントにわたし、どれくらい目ぇ閉じてた? もしかして一分くらい?」

「いや。一年くらい」

「……。あのさ……、カラスさんさ、……ウソへたすぎない……? もしかして、おバカ……?」

「おまえ、オレをなめているな?」

「いやぁ。なことはないよ。かわいいとは思うけどね」

「ほぅ」

 なにが『ほぅ』じゃい、どんなかたよ、と思って目をほそめると、その拍子ひょうしにくしゃみが出た。

「ぐしゃっ! ……ぐしゃあっ!! ……はー、すっきり」

 なんだかわかんないけど、くしゃみをした拍子ひょうしに体のだるさがなくなっていた。まるで手品てじなみたいに消えちゃった。

「あれ、……もしかしていまの、キミがやった……?」

 私の声にカラスさんは答えずに、黙ったままだった。あと、なぜだか知らないけど、信じられないものでも見るような顔をして、私のことを見ている。

「……な、なに? あんまり見られると、ちょっとれ――」


 そのとき、かすかに人の声のようなものが聞こえた。

 あたりをキョロキョロ見まわすけど、小さい音だったから、どこから聞こえたのかはわからなかった。

 それでも私はいちおう、キョロキョロしながら一分くらい身構えていた。そのあいだ、なにも起こらなかったし、なんの物音もしなかった。


 ……よかったぁ、今度こそ気のせいだ……と思ってほっとため息を吐いた瞬間、またさっきの声が聞こえて……、それだけじゃなくて……その声はじょじょに大きくなっていって、……ヤバいくらいの大声になった。


 まあでも、ここから少し離れたところでギャーギャー言ってるみたいだから、そこまで耳にはこないけど、それでも……きっとこの人は、全力で叫んでいるんだろうなってことはわかった。……いや、全力じゃなかったみたいだ……。声はさらに大きくなって、耳にめっちゃビンビンくるようになった。

 迫力がすごい。まるであれみたい、こわい映画のケンカの声。私におこってるわけじゃないってわかってても、ぶるっと背筋がふるえるくらいの迫力だった……。


「こ、こわぁ……。こわすぎ……。こわすぎない……?」と言いながら私はカラスさんを見た。

物事ものごとにすぎるということはない」とカラスさんは、どこかつまらなさそうに言った。

「……いや、あるよ。ぜったいに。だって、やりすぎはヤバいから」と言って私は、カラスさんから目を切った。


 さすがにこれだけ音が大きくなれば、どこからしているかはだいだいわかる。

 私たちのいる場所から夕日に向かって四軒よんけんくらい先には、ホラー映画にでてくる病院や学校をまぜたような雰囲気のアパートが、一軒家いっけんや合間あいまにポツリと建っていた。

 声はそのアパートからしてるっぽい。


 しばらく様子をうかがっていると、急に、道のまんなかに、人がひとり飛びだしてきた。それも、大声をあげてパニックを起こしたように……。


 その人は男の人で、全身真っ黒な服を着ていた。一瞬、お葬式そうしきの服かと思ったけど、そうじゃなく、それはスーツだった。


 スーツの人は、めちゃくちゃに腕を振りまわしながら一分くらい怒鳴どならすと、突然ガックリと肩を落としておとなしくなった。

 かと思うと、学校の応援団長おうえんだんちょうみたいに腰をそらして「うおー!!」とおたけびをあげて、次に、頭を勢いよく前に振りおろして体をかがめると、両方の手をぐわっとひらいてワシの足のかたちにして、それを顔の前にもっていき、「ぎゃー!!」って思いっきり叫んだ。


 な、なんだあれは……? ヤバすぎでしょ……。


 スーツの人は同じ格好かっこうのまま叫びつづけた。

 最初はギャーギャー言ってるだけだったけど、それがだんだんと言葉になっていった。おんなじ言葉をくりかえしてるっていうのはなんとなくわかるけど、でっかい声で連発れんぱつしているせいで、あんまり舌がまわっていないのか、なんだかよく聞きとれない。


 ……なんかあんまり認めたくないけど……、私は、なんて言ってるのか気になってしまって、スーツの人の声に意識を集中した。


 スーツの人は、『月末げつまつ』って言っているみたいだった。


 ……どうして月末げつまつ……? ……それも、なんであんなに大声で連発れんぱつしてるの……? 確かに……今日は三十日だから月末げつまつだけどさ……。でも、あれ……、今月は明日もあるじゃん。今月は三十一日まである。

 ……そもそも、月末げつまつっていつからなんだろう? 二十五日くらいから? それともほんとうに最後の日だけなのかな?


 叫ぶうちに言いなれて舌がまわるようになったのか、スーツの人の言葉がはっきりしてきた。まあでも、思いきり叫んでるから、ときどき声がれたり裏返ったりするけど……。


月末げつまつ月末げつまつ月末げつまつ月末げつまつ月末げつまつ月末げつまつ月末げつまつ月末げつまつ月末げつまつ! 月末げつまつ! 月末げつまつ月末げつまつー! 月末げつまつ! 月末げつまつ! 月末げつまつー!!」


 ……ていうかスタミナありすぎでしょ……。少しも休まず、ずーっと叫んでる。どんだけ息が続くの……。いつ息継いきつぎしてるのかぜんぜんわかんない。まるで歌手かしゅみたいだ。歌手かしゅっていうと、男の人の声はまさにあれみたい。


 デスメタル。


 友だちで、めっちゃ好きな子がいるんだよねぇ、デスメタル。その子はたまに、昼休みになるとスマホにイヤホンをつないで、好きなデスメタルを私に聞かせてくれるんだけど……、……私にはそのよさが、さっぱりわかんないんだよねぇ……。私にはまだ……はやすぎるのかも。


 それで思いだしたんだけどさ、私もはやくスマホがほしいだよねぇ……。

 ママは、「高校にあがったら買ってあげるから、……いまに見てなさい」って言うけど……。……うーん……。なくてもそこまで困らないんだけどさ……持ってる子がどんどん増えていくから、なんかめっちゃあせるんだよねぇ……、乗り遅れてる感がするっていうか……。

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