13

 それから私は、しばらくのあいだ泣いてすごした。


 このころの記憶きおくはすごくあいまいで、覚えているのは目に映る映像だけで、それ以外の感覚が、まったくなかったような気がするくらいで。


 泣いてあばれてママにとりおさえられたり。ずっと部屋に閉じこもったり。ママとふたりで、家のにわにジュニアのおはかをつくったり。


 ただ、白黒のパラパラマンガがめくれていくみたい。聞こえるか聞こえないかで、カサカサ鳴って。それも、手抜きのパラパラマンガ。場面が次々飛んで、まえとあとがつながらない。


 学校の先生におこられて、友だちになぐさめられて、ママにしかられて、やることぜんぶ失敗ばかりで、宿題をやらなくなって、約束をやぶって、トリカゴを足でんづけてこわして、ウソをついて部活をサボって、友だちに絶交ぜっこうって言われて、学校をズル休みして。


 頭には残っているけど、まるで自分のことじゃないみたい。覚えてはいるけど、ちゃんとは覚えておけないって感じ。ちょうど、夢みたいに、うっすらした記憶きおくだけ。


 ただ、これだけははっきり覚えてる。私はずるい考えに行き着いたって。


 ジュニアが死んでしまった理由は、私が寝ているうちに太陽が降りてきて、窓のスダレがかかっていないところから顔を出して、部屋のなかをらして、トリカゴのなかの日陰ひかげがなくなってしまったから。

 それでジュニアは、暑くてたまらず、死んでしまった。


 完全に私の不注意が原因げんいん


 だけど私は、それを、太陽のせいにした。

 太陽が降りてきたせいで、ジュニアは死んじゃったんだって。ずっと太陽が動かないでいれば、ジュニアは死なずにすんだのにって。


 私は、自分のしたことを認めたくなかった。

 自分がジュニアを死なせたなんて思うと、怖くて怖くてたまらなかった。そんなの、怖い夢だって。ただの夢だって。だけどそれは、夢なんかじゃなくて、ずっと覚めなくて、事実で、現実で、いつまでも消えないこと。


 ジュニアを死なせてしまったことがショックで、いままで考えることもしなかったけど、とうとう彼女は言葉を話すことはなかった。

 私は言葉を覚えてほしくて、ジュニアになんどもなんども話しかけた。だけど彼女はただ、不思議そうに首をかしげるだけだった。


 彼女はもとからおしゃべりが好きじゃなかったんだなって、そう決めつけちゃいそうになるけど、それは間違いなんだよね。

 だって私は、彼女の鳴き声を、なんどもなんども聞いているんだから。思えば、それが彼女のほんとうの声なんだよ。誰かのまねとかじゃなくて、ほんとうの気持ちがこもった声。


 ただそれに、私が耳をかたむけていなかっただけ。


 もちろん、うれしそうとか、今日は少し元気がないみたいとか、そういうことは感じてた。でも、それだけ。深いところまでは知ろうとしなかった。いつか、彼女が言葉を覚えてくれてからそうしよう、なんて考えていた。


 自分で自分をバカだなって思う。


 言葉をいくら覚えても、それはただのまねっこでしかないのに。彼女はずっとホントの気持ちを伝えてくれていたのに。


 だから、ジュニアが家にいるあいだどういう気持ちですごしたのか、もう私にはわからない。いまごろになって、それを知りたいなんて思っても、遅いよね。

 でも、どうなのかな、いつかそれが知れたりするのかな。大人になったら、考えていたら、耳をましていたら、彼女の声を忘れないでいたら。


 思えば最近は、まったくジュニアのお墓参はかまいりをしてない、どころか、おはかの近くにさえ行ってない、ううん、それだけじゃないよ、いつのまにか私は、彼女のことを思いだすことさえしなくなっていた。


 なにやってるんだろう、私、あんなことしちゃったのに。私はなんなんだろう、あんなことしちゃったってのにさ。


 私はちっとも神さまなんかじゃない。ただの悪霊あくりょうじゃんか。よくて疫病神やくびょうがみだよ。

 目に見えない病気みたいなもの。姿が見えないことをいいことに、ほかの誰かをきずつける、そういう存在。目に見えない、悪い神さま。ただ生きてるだけで、ほかの誰かをきずつける、そういう存在。


 ううん。疫病神やくびょうがみよりもっと悪いよ。自分のしたことなんてすっかり忘れてるんだから。それならいっそ、私の姿なんて見えなくなっちゃえばいいのに。


 ジュニアを死なせてしまってから、いつのまにか私は、動物をさけるようになっていた。というよりも逃げだすって感じかな。


 動物が目に入ったって知らないふりをした。幽霊ゆうれいでも見るみたいに、私には関係のないものなんだって、自分に言い聞かせて。

 動物に見られたって知らないふりをした。透明人間とうめいにんげんになったつもりで、この子は私じゃなくて、私の向こうの景色を見てるんだって、そう自分に言い聞かせて。


 動物になんかまったく興味きょうみなくて、むしろ嫌いなくらいだって、私は、自分をそういう人間だと思いこもうとした。


 だって、そうするのが、正解なんだと思ったから。もう自分には、動物を好きでいる資格しかくがないと思ったんだよ。


 でも、あのカラスさんに出会ってから、なんだかそれがらいだ気がする。


 ……私、どんだけ動物が好きなんだよ……ってね。

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