見せてみろ

 まあ、そんなこんなでけっきょく、お昼ごはんは抜きになったわけだけど、不思議と私は元気で、こうして思いだしてみるまで、お腹がへっていることに気がつかないくらいだった。


 それどころか、なんにも飲んでないはずなのに、いつのまにかのどかわいていたのもなくなっちゃってる。

 ヨダレが復活してる。バッチリ復活してる。そこまで好きじゃない、キノコとか、こんにゃくとかを頭に思い浮かべても、口のなかにたまるくらいに。


 ただ、お腹がへってるだけ。体は普通だった。むしろ絶好調ぜっこうちょうなくらい。

 ……でも、だけどね、たたかうとなれば話はべつ。


 私は、いまに意識を集中して、カラスを見上げた。


「ね、ねえ……た、たたかうなら夜にしない? そのほうが……あの……ほらその……なんか、カッコいいと思うし…………よくわかんないけど……。……九時とかに待ち合わせとかしてさ……」


 カラスはそれに答えず、また私のことを、魔王まおうみたいな感じでにらんだ。

 ……もしかして、たたかいはもう始まってる……?

 あれかな……こっちからいったほうがいいのかな……? 五目並ごもくならべとかは先攻せんこうのほうが勝てるっていうし……でもでも……ジャンケンはあと出しが最強じゃん……。……よくわかんない……。


 やっぱ逃げようかなと思った瞬間、まるでその考えをテレパシーで受けとったみたいに、カラスは電線にとまったまま、バサバサとおおきくばたいた。

 ……けっこうな迫力だ……けっこうあれかも……このカラスけっこう強そうかも……。


 私はあわててファイティングポーズをとった。


 するとそのとき、どこからともなくすずおとが聞こえてきた。それは、だんだんとこっちに近づいてきているみたいだった。それにプラスで、足音みたいなものも聞こえてきた。『 カラン コロン 』って感じの……。

 …………なんだか、そのすずおとと足音は、……ものすごーく不気味ぶきみだった……。


 私はカラスをじっと見たまんま、足音のする方向を知るために、耳をました。でも、あんまりピンとこないから、けっきょくまわりを見渡した。


 すると、坂をちょっとくだった先の路地裏ろじうらから、人影ひとかげが出てくるのが見えた。

 あたりがだいぶ薄暗うすぐらくなっちゃったせいでよくは見えないけど、こっちに来てるっぽいってことと、……なんか、歩き方がすごくおかしいってことはわかった……。


 人影ひとかげは、足音が鳴るたびにちょっとずつ大きくなって、だんだん夕日に染まっていった。


 男の人らしい。

 なんか背がめっちゃデカい。二メートル近くくらいはありそう。

 バスケとかバレーがすごそう。あと、身体測定しんたいそくていで、すごいえばれそう。私はちょっと小さめだから、ちょっぴりうらやましいかも。……あんなに大きいのはちょっと困るけど……。


 ……そんなことよりも……、……男の人は……、まるで、ゼンマイで動くブリキのロボットみたいな歩き方をしていて、……そのまま、こっちにゆっくり近づいてくる……。

 ……あ、もしかしてあの人……パントマイムの人?


 でも、それだと格好かっこうがおかしい。……いや、格好かっこうは、普通といえば普通かな。ただ、わかりやすすぎるくらいに、『この人、バードウォッチングの人だなぁ』って服装ふくそうなだけ。


 モザイクみたいなチェックがらのシャツ。

 薄青うすあおのジーパン。

 ベージュ色でツバのまるい、UFOユーフォーみたいなかたちの帽子ぼうし


 首には、白くて大きな、まるで大砲たいほうみたいなかたちのカメラをぶらさげている。

 そのカメラをのせて使うためのやつなのか、左の腰には、白くて長い三脚さんきゃくをさしていた。まるでおさむらいさんのカタナみたいな感じで。


 背負せおってるリュックはものすごくて大きくて、まるでサンタクロースの袋みたい。色は白じゃなくて黒だけど。


 リュックの横っちょには小さなすずがぶらさがっていて、男の人が地面に足を着くのに合わせて、『リンリーン チリリーン』って鳴っていた。

 さっきは不気味ぶきみに感じたけど、こうして正体がわかるとぜんぜんだね。

 なんか風鈴ふうりんっぽくて、ちょっとすずしい気がして、いい感じ。


 右手には、まるでカボチャみたいにゴツゴツした双眼鏡そうがんきょうにぎられている。それは、体の大きなこの人が持つにしても、少し大きすぎるくらいで、なんだかまるで、ドデカいハンバーガーを持っているみたい。


 ここまでで、おかしなところはない。……でも、ひとつだけちょっとおかしなところがあった……さっきは普通の格好かっこうって言ったけど、あれはなしだね……。

 だっていてるものがおかしい。


 なんでか知らないけど、……ゲタをいてる……。


 かなり長いこといているのか、ゲタはボロボロだった。ほとんどニスがはがれていて、まるでトリの羽根はねみたいにささくれてる。

 あと、脚がすごく長い。ハイヒールとか厚底あつぞこブーツとかよりもずっとすごい。もとから身長高いのが、ゲタのせいで、もっと高いことになってるみたい。


 ……まあ、そんな感じで、だいたいはバードウォッチングって感じの格好かっこうだけど……歩き方はほんとうにロボットそのもので……、というよりも、昔のロボットって感じかな? ……たぶんこの人よりも、いまのロボットのほうが歩くのじょうずな気がする……。


 ……もしかして、あれなのかな……? ゲタで歩きづらいのかな……? 背伸びして無理していてるとか……? だからって、ロボットみたいにはならないとは思うけどなぁ……。

 ていうか……なんか関係あったっけ……バードウォッチングとロボットって……?


 顔は、その辺にいそうなおにいさんって感じ。……でもなんか、すんごい無表情だった。いまにも目からビームを出しそうで怖い……。


 なんかヤバいぞ、どうしよう、と考えているあいだにも、男の人はずんずん近づいてくる。……たぶん、この人には勝てない……逃げなきゃ……、でも、その瞬間にビームでたれたら……。


 そのうちに私は『おや?』ってなった。なぜって、男の人はなんだか上を見ているみたいだったから。

 ねらいは私じゃない……? ただ空を見てるだけ? もしかしてこの人、バカなのかな……? その予想よそうはハズレだったみたい。男の人の目あては、私でも空でもないらしい。


 男の人は私のとなりで立ち止まると、ポンコツなUFOユーフォーキャッチャーみたいな動きで、右手を顔の前にもっていき、双眼鏡そうがんきょうのぞきこんだ。

 カラスを見ているらしい。

 ていうか夕日がまぶしくないのかな……。もしかして、本物のロボット……?


 いっぽうのカラスは、ただじっとしているだけだった。てっきりしゃべりだすと思ったのに、ただまして明後日のほうを向いてる。


 そしてそのまま、時間だけが流れた。七分くらいそうしていたと思う、たぶんだけど。なんか……ダルマさんが転んだみたいだった。


 でもいきなり、それが終わった。


 カラスが突然、あきらかに人の声で、「かー」と鳴いた。というか言った。

 すると男の人は腕をおろして、ぶつぶつとひとごとをしゃべりはじめた。

 ……たぶんひとごとだと思う。なんだか私の存在に、気づいてもいないみたいだし……。……ひとごとにしては、……ずいぶん長いことしゃべりつづけたけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る