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そして、目を開けると、いつのまにか夕方になっていた。
口のはしからヨダレをたらしながら、なぜか私は、『えへへ』みたいな感じで笑っていた。
のびをして思いっきりあくびをすると、ビックリするくらい空気がおいしくて、なんだかひさしぶりに息を吸ったような感じがした。
体を起こして、目をこすって視界のくもりを払ってみると、流しソーメンはもう終わっていて、河原には誰の姿もなかった。
私はそれからしばらく、ぼーっとしていた。体が起きても、頭のほうはまだ起きていなかったんだと思う。そのあいだ、なんの変化もなかった。ただ、川の流れる音がするだけ。
意識がはっきりしてきて、初めに頭に浮かんだのは、『家に帰りたい』だった。でも今度は、体のほうがついてこなかった。まるで頭のぼんやりが体に降りてきたみたい。
日が
川は夕日に染まって、すごくキレイだった。少しのあいだ、見とれて動けなくなっちゃうくらいに。
そのせいか、そんなに深くないはずの川が、深く見える。遠くに感じる。橋の上から
ずっと見ていても
そろそろ帰ろうと思って顔をあげると、目に映ったものに注意をひかれた。
そしてなぜだか私は、それがなんなのかわからないうちから、背筋が冷たくなってぶるっと
目を
こっちを頭にして、
たぶん女の人。若い人だと思う。
もしかして熱中症で倒れてる? それとも、足をすべらせて頭を打っちゃったとか?
さらに目を
彼女は、私と同じような
そんなに
なんだか急に、自分の
苦しくなって息を吸うと、自分の声じゃないみたいな、かすれた音が
それを合図にしたように、彼女は、突然むくりと体を起こした。
そのままぺたんこ
手を、ワシの足のかたちにしたり、
不思議な光景。現実じゃ、ないみたい。
彼女は、私といっしょで、流しソーメンを
だから
これで顔までそっくりだったなら、それは不思議だろうけど、あいにく彼女の顔はわからなかった。それはなぜって、彼女は、お
これだってべつに不思議じゃないよ。
いまは夏だし、お
買ったお面を気に入って。お
ほら、理由なんていくらでもあげられるじゃん。
でも、いろいろ考えてもダメだった。
ぜんぜん不思議じゃないはずなのに、目に映るこの現実が、不思議で不思議でたまらなかった。
突然、彼女は顔をあげた。
たぶん、私に気がついたんだと思う。
彼女は、まるで小動物のようにかわいらしく首を
私は少し
それでも彼女は手を振りつづけた。私に声をかけるでもなく、ずっと黙って、めげることなくひらひらと。
私は、やっとのことで手を振り返した。
でも、彼女は、なんの反応もしてくれなかった。たださっきと変わらず、手を振りつづけるだけ。
私が、おおきく手を振ってみせても、ちょっとおどけてみせても、手を振るのをやめてみても、彼女はなんの反応もしてくれない。
ひたすら手を振るだけ。ひらひら、ひらひらって。
もしかして、お面をしているから、彼女はなにも見えていないんじゃないかと思って、私は、ためしに横に移動してみた。すると彼女は、私のうごきを追って首をうごかして、顔をこっちに向けつづけた。見えてはいるんだ。
すっかり忘れていた。この坂が、草でつるつるすべることを。
たしかに転びそうになってビックリはした、けど、
そんなわけないか。だってさ。もしバランスを
私はなんだか怖くなって、その場を離れることにした。
いちおう最後に、彼女に『バイバイ』って手を振って、川に背を向けて坂を
そのまま帰ってもよかったんだろうけど、やっぱり後ろが気になって、私は後ろを振りかえった。
彼女は変わらず手を振っていた。
この子はいったい、なんなんだろう。そう思って私は、彼女の顔をじっと見つめた。といってもお面をつけているから、その表情はさっぱりわからない。
でも、なぜか今度は反応してくれた。彼女は、頭を左右になんどもゆらゆら
だけど、彼女の考えがわからなくて、私はそれが、なんか嫌だった。知りたいって思った。だから、怖くて逃げたかったけど、どうしてもそうできなかった。
私は、彼女に視線を向けては
するうちに気がついた。三秒見つめると彼女はその
でも、彼女のその姿を見ていて、少しだけ思ったのは、ううん、感じたってほうが正しいのかな。
彼女のそのうごきは、たしかにかわいらしい
彼女がついて来ているんじゃないかって、そう思ったから。でも、その心配はただの思い過ごしだった。いくら振りかえっても、そこには誰の姿もなかったから。
いま思い返すと、あの河原から『あべこべ
クルマだって一台も見てなかった。
かなりの距離を歩いたはずなのに。
でもそれだって、私の思い過ごしかもしれない。だって、歩いているあいだ、私はずっと
ずっと彼女のことを考えていた。
彼女はもう家に帰ったのかなとか。
彼女はどこに住んでいるんだろうとか。
彼女はどんな顔をしているんだろうとか。
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