8
私は、
いままで生きてきたなかで、いちばん足首が、グキッ、ってなった。
私はその瞬間、 あ やばい これは完全に足の骨が折れた って思った。
背中がヒヤッとして、まるでお腹に空気が入ってきたみたい。自分の顔が真っ青なのがはっきりわかる。
私は両手を使って、そっとその場に腰をおろした。足首を見てみると、ちゃんとまっすぐで、それに、思いどおりに動かすこともできた。
よかったことに足の骨は無事だった。
それだけじゃなく、
それでよかったんだけど、すごく不思議だった。
だって、体重をぜんぶかけたくらい思いっきり右足をおろしたし、右足が裏返ったと思うくらい足首が曲がった気がしたから。
それなのにぜんぜんなんともないから、自分の体が、自分のものじゃなくなったように感じた。
まるで、私とよく似たほかの誰かのものになっちゃったみたい。
なんか、『
そんなことを考えてるせいなのかな、ぺたぺた触る自分の足首が、ちょっと変な感じだった。
あれに触っているみたい。
袋をやぶって出したばかりの
ちょっと冷たくて、外側はやわらかいけど、中になにか入ってるみたいで。その変な感覚に、私は、あれに近いものを感じた。
あの水たまり。
似てるけど、ぜんぜん違うから。まるで、遠くの景色を見ているみたいだから。
そう思うと、いまにも体が消えちゃいそうな気がしてくる。
そうなったら困るはずなのに、なぜかそうなることを、ちょっぴりだけ期待しちゃう。
なんか他人事だった。
でもそれってとうぜんか、自分のじゃないみたいって思ってるんだから。
まあとりあえず、ケガしなくてラッキーだったよ。にしてもホントによくすべる坂だね。ダンボールとかがあれば、いっきに下まですべって行けそう。スキーを
ソーメンの流れる道は、竹を半分に
ちっちゃな子どもたちは、ビックリするくらい大はしゃぎで、見てるとめっちゃ
大人たちが流すソーメンを、目をキラキラさせて待ち構えたり、ソーメンといっしょに走ったり、……こぼしたソーメンを川に
流れているのはソーメンだけじゃなかった。
皮のむかれた夏ミカンや、小さく切られたスイカや、お
それで私は、夏の景色を見ているような気持ちになった。
まあ、いまは夏なんだから、そりゃそうだって話だけど、でも、そんな感じがした。
色が
だけど目の前の光景は、あんまりリアルに感じない。まるで絵を見ているような感じ。
そう思ったときふと気がついた、河原にいる全員みんな、おそろいで真っ白な服を着ていることに。
それで私は笑っちゃった。ソーメンカラーじゃん、それに、みんな仲よすぎーって思ってね。
みんなの服のことに気がついてから、景色がもっと
竹はもっと青くって、スイカはずっと赤くって、ゼリーの
その光景は、見ているだけですごく
知らないうちに私は
『なんでそんなに力を入れてるの?』って不思議に思うくらいに、じっさいに自分自身に、そう聞きたいくらいに。
すぐに力を抜いて、自分の体に目を落とした。
腕の内側とひざのあたりに、くっきり、赤いあとが残っていた。あとそれから、腕と脚がシビれて感覚がなかった。
まったくなくなっていた。
手のひらでさすっても、指で突っついても、ビリビリも、ピリピリもしない。それが不思議で、それがおもしろくて、しばらくのあいだ
でもそれは空耳だったみたいで、近くには誰もいないし、逃げていく
だから私は、また、両目だけに力を込めて、流しソーメンに集中した。
そうして
そういえば昨日の夜は、夢になんども起こされて、あんまり眠れなかったんだ。あんなになんかいも起きたのに、夢の内容はよく覚えていなかった。
でも、悪夢じゃなかったのはたしかだと思う。だけど、あんなになんども起こすなんて、どんなに楽しい夢だとしてもさ、ほとんど悪夢だよね。
たぶん夢も寝つけなくて、誰かに構ってほしかったのかもね。なんか、すごい構ってちゃん、って感じ。こっちが思いだそうすると、
突然、河原で不思議なことが起こった。
ソーメンがトンネルに入っていって、そのまま消えちゃった。
そんなわけないね、たぶん、中でつまってるんだ。
男の子が大人の
そんなわけないね、たぶん、ずっと
でも、その大人が移動しても、男の子の姿は見えなかった。
走ってもかがんでもそれは変わらない。
ほんとうに消えちゃったみたいだけど、やっぱりそんなわけないよ、きっと、ずっと大人のまねっこをしているだけなんだ。
地面に落ちた夏ミカンが、走りまわる子どもに
どっちが食べちゃったんだろう?
子どもの
大人たちはみんな、さっきよりもずっと楽しそうで、子どもみたいな顔をしている。
走り疲れた子どもたちのほうは、河原に転がる大きな石に腰かけて、大人みたいな顔をしていた。
頭のなかで、あべこべじゃん、って
なんだいまの? って感じだよね。
吸ったのか吐いたのかよくわかんなかったし、それに、すっきりしたような、もやもやしたままのような、そんな
それに気をとられているうちに、いつのまにか、河原にいる人たちの話し声や、立てる音が、まったく聞こえなくなっていた。
あたりはしんとして、なんの音も聞こえない。
みんなの口はたしかにパクパクうごいてるし、あごが
河原にいる全員が
おかしいなと思って、ためしに自分で「あーあー」って声を出してみると、それはちゃんと聞こえるから、私の耳がおかしくなったわけではないみたい。
もしかしてみんなでそういう遊びをしてるの? なんて思って、だけどすぐにそんなわけないかって思いなおして、なんだかそれがおかしくて「ふふふ」と笑っていると、急に
河原の人たちの様子よりも、ずっと変な感じ。
なにか大事なことを忘れているような。
あれぇ、なんか変だなぁ、と思ってあたりを見まわしてみると、それがどうしてなのかは、すぐにわかった。
川が流れをぴたっと
ただ、静かすぎて変な感じがしたってだけだったみたい。
世界からカラフルがなくなっちゃって、急に
重いまぶたをがんばってもちあげると、なぜか口まで
すごく
べろはまるでスポンジみたい。歯はまるでマグカップの
私はすぐに
食べものじゃないものを口に入れてる感じがして、いますぐにでも歯とべろを吐き出したいくらいだった。
まあでも、そんなわけにいかないから、違うことを考えて
川だって止まっていれば、ただの大きな水たまりだね。あの逃げる水たまりと変わらないじゃん。
なら、追ってみたらどうなるんだろう、なんて思ったりしたけど、私は眠くて立ちあがることができなかった。
てかさ、
それでも、立ちあがれない。おしりと
しばらくのあいだ私は、そのまま川を
きっと、川も流しソーメンに見とれているんだね。それで、流しソーメンのちっちゃな流れを見て、
なんだか、やけにまぶたが苦しくて、頭がぼんやりして、目がゴロゴロする。
最近の流しソーメンは
もう私は、眠くて眠くてダメだった。
体の力を抜いちゃうと、そのまま坂をずるずるすべって行っちゃいそうな気がしたけど、そんなこともなかった。ひと安心だね。だってそうなったら、きっとみんなビックリしちゃうと思うから。急に上から人がすべってきたら
しばらくすると、また、みんなの楽しそうな声が聞こえてきた。
だけどなんだかそれは、私の頭のなかだけで聞こえているような気がしたけど、よくわかんない。でも、みんなが楽しそうで、それに、誰かの声がちゃんと聞こえて、よかったなって私は思った。
だって、自分の声しか聞こえないなんて、ちょっとさみしいからさ。
みんなほんとうに楽しそう。楽しすぎて死んじゃいそうって感じ。こんなに楽しそうな声、生まれて初めて聞いたよ。
意識をみんなの声に集中させていると、こんな考えが頭に浮かんできた。
……流しソーメンを
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