第八章(後)
だんだんとアームスーツ兵が弾幕を張りつつ前進してきている。マトはハッキリ見えてきたが数が多い。何かを護りながら処理するような量じゃない。
炸裂弾が一番効果的で、片手間で手榴弾を放り込む。徹甲弾も混ぜて撃ち込むが、一向にアームスーツ兵が減らない。
「ジニス! そこの弩を使えば私も……」
そうレトヴィアは言ってくれるものの、それはアームスーツ専用のライフルだぞ。空虚重量だけで二〇キロあるし、射撃訓練もしたことがないキミが使えるわけないだろ。
「射手になれば優先目標になってしまいます! そこで隠れていて!」
何してるんだよブリッツ!
いくら僕だって、しこたま被弾したら動けなくなるんだぞ!
向こうも腹をくくったのか、アームスーツ兵が支柱から出てきて前進してくる。前後左右からゾロゾロと包囲が迫ってくる。
むしろレトヴィアを抱えて、全速力で階段へ向かえば良いのではと思い、チラと下行きの階段を見やるが、案の定アームスーツ兵が張り付いていて安全に通れそうにない。雪隠詰めだ。
「ブリッツ聞こえる!? これ以上抑えられない!」
応答がない。
何をしようとしたのか知らないけど、失敗した?
くそっ。
こうなったら被弾覚悟でレトヴィアを抱えて走るか?
いや、そうしよう。アテにできない。
そう決めてレトヴィアのほうへ退いたときだった。
突然、プールになみなみと張られていた秘薬がジャバジャバと音を立ててあふれ出した。
「えっ? えっ!?」
レトヴィアが驚き、僕も状況が掴めずにいる。やがてあふれた秘薬は支柱の林のほうへも伸びていき、事態の変化に敵方も気づくことになる。
傍受した無線内容からも、その混乱ぶりは手に取るようにわかった。
『わーっ! こ、これ、這い上がってくるっ!』
『アームスーツがっ! と、溶けるっ!』
『銃が曲がって……いや、溶け……。退けッ! その液体に触れるなァ!』
溶ける? 金属が?
秘薬——つまりナノマシンはいろんなモノを食べる能力があるとブリッツが言っていた。
暴走が始まった? いや、それだったら僕らも被害をうけるハズ。僕はくるぶしの下まで浸かっているから、足元から崩れたっておかしくない。レトヴィアも身を隠しながらも秘薬を尻に敷くまいと、妙な姿勢になってしまっている。
『いやーん。もっとカッコいい予定だったのに……。こんなエロスライムみたいに……』
「ブリッツ! 生きてるの!?」
『足元だよー』
そう言われたので視線を下に落とすと、波打つ秘薬の水面が泡立った。そしてどこかで見た風貌の頭が盛り上がってきて、そのままバスト、胴体、足がズルズルとつき上がってくる。
『いやー、奴さんがた、壊乱してるねぇ。まぁマップ攻撃は無理だよね』
金属光沢を放つ顔に描かれた顔は、間違いなくよく見たブリッツだった。モデルのようにスラッと抜群な偽造プロポーションも再現している。どこか未練がましいというか、虚栄というか。
「ぶ、ブリッツさん……なのですか?」
確かめるように尋ねるレトヴィアに、ブリッツは手を振って愛想を振りまく。
「何やってるの」
『秘薬ってナノマシンだからサ。電子生命のアタシなら乗っ取れるカナって。流石に容量足らないから、プールに貯まってる五〇キロリットル分ぜーんぶネットワークにして繋げちゃった』
「じゃあこのあふれ出したヤツは全部キミってこと?」
『そうそう。超生命体トランスヒューマン爆☆誕ってワケ』
ブリッツは眩しいばかりの笑顔でサムズアップを突き出してくる。その秘薬は全部この星のもので、キミのものじゃない。第一、譲ってくれるとも言ってないだろ。
でも。
「……助かった。ここの残党は全部任せていい?」
『いいよ。早く行きなさい』
レトヴィアの手をとって引き起こし、階段へと駆け出す。それを阻止しようと残党が対応する素振りを見せたが、その動きをブリッツが一喝した。
『はいそこォ!』
床の秘薬——というか、ブリッツの体となってしまったモノが、盛り上がって大波となり押し流していく。
『アタシ生臭は嫌いだからさァ。金属類を溶かすだけでやめてあげてるの。その温情がわからないヒト、おるかー?』
***
ライフルを前に構えながら階段を前進していく。相変わらず横幅が広く、さらに天井も高い。
設計とは必要があってやることだ。地下にこれだけ大きな空間を作るのも大変なのに、その上階段までも広いのは意味があるのか?
「ジニス。その弩、まだ矢はあるのですか?」
「炸裂弾はあと弾倉一本分だけ。でも、余程のことが無ければ通常の弾で用が足ります」
そう、余程のことが無ければ。
だけどこの階段を下っている今も、下の階からレーヴェスが新手を送り込んでくることがない。それが不気味だった。
階段を降りきると、今度は回廊のような部屋にたどり着く。長方形の広い部屋の床には奥へと誘うように太い白線が一本、引かれている。その終点は奥の豪奢な銀色の扉へと続いていた。
その両脇にはこの星の生物を模した石像——おそらく石ではない別の材料で出来た像が建ち並んでいる。
「ここが奥の間ですか? 殿下」
「いえ。ここは直前の廊下です。あの銀色の扉が見えるでしょう?」
「はい」
「あの奥です。あの扉は当代の巫女にしか開けられません」
「……ということは、関係者以外にとってはここがどん詰まりということですね?」
「そうなります」
「では、お兄さんはどこに?」
ふと、動体センサーが頭上への感を示した。
僕は何も言わずにレトヴィアを横に突き飛ばし、頭上へとライフルを向ける。
クローム調の鈍い輝きを放つ、がっしりとした造りの重量級アームスーツが降ってきていた。
炸裂弾を三連射して怯むかどうかを観察したが意に介していないようだ。
諦めて横へ避け、転んで立ち上がろうとしているレトヴィアを庇って着地地点から離れる。
アームスーツは全体重を叩きつけるように強烈な着地をし、静寂が支配しているハズの回廊にけたたましい粉砕音を轟かせる。
身の丈三メートル。足は体に比して短いが、頑強なフレームで構成されているし、関節が多くて機動力がありそうに見える。ボディはマッシブな造りで相当な装甲が施されている。三本爪の両腕がクルクルと回り、右腕にある一二ミリ機銃と共に威圧してくる。
金属の鎧を着込んだゴリラ……といった印象の軍用スーツだ。
「ま、まだあんなのが……」
「殿下。ちょっとコイツ、格が違うみたいです。離れて」
『その通りだぞ木偶』
アームスーツがレーヴェスの声で喋った。予想通りだ。
「兄上!?」
驚いたレトヴィアを見て、レーヴェスはギシギシと嗤いだす。
『木偶よ! やはりすごいな! 先ほどのような奇襲、人の身ではできんだろう?』
「他に兵を侍らせていないのは、自信がお有りだからですね?」
『当然だ! これはすごい体だ。ヒトが生まれながらに得る肉の器なぞ、本当に玩具にすぎんな。レトヴィア! この力強い体躯を見ろ! お前がすがっているその木偶も、格が違うと認めているぞ!』
レーヴェスは禍々しい機械の腕を嘗めるように見ながら、陶酔しきっていた。
「兄上は何がしたいのです! そんな……ヒトのカタチすらも捨てた姿になって、故郷も家族も危険にさらして……!」
『俺は言った。協会と話をしようと。だがお前達は拒否した。意見が異なる者と共にいるメリットがどこにある』
ダメだ。
自分に酔って、理屈が破綻している。
あらゆることが可能となってしまったがゆえの全能感に溺れてしまっている。
「——殿下。ここは僕が片付けます。先へ進んで、源泉を停めてきて下さい」
レトヴィアは何か言いかけたが、黙って頷いた。そして奥の銀扉へと駆けていく。
『おうわが妹よ。兄のために扉を開けてくれるのか』
「お兄さん、前へどうぞ。僕は後ろに回るので」
『——木偶。賤民の分際で、王の背中を獲るというか?』
「何も言ってませんよ」
レーヴェスは巨躯を揺らして、僕の方に正対した。
『……まぁいい。どのみち邪魔なのだ。お前を先にバラそう』
一二ミリ機銃が僕を指向した。そんなのは分かっている展開なので、肩の照準用カメラへ即座にライフル弾をたたき込んで破壊する。すぐに機銃の射撃精度は悪くなった。
『貴様ァ!!』
石像の影へと身を隠し、奥のレトヴィアを見やる。
彼女は銀の扉を解錠できたようで、淡い光が溢れる霊廟内へと消えていく。
なら僕はレーヴェスを仕留めるだけだ。
石像が叩き潰される。
左腕にシールド兼用の鈍器が搭載されていたようで、それを振り回して暴れ出すレーヴェス。
さっと飛び出して足元をチョロチョロと動いて翻弄してやり、腰部の関節に射撃。
だが、やはりカネが相当かかっているようだ。一発も貫通しない。
『チョロチョロとォ!』
鈍器を叩きつけてくるのを回避して距離をとり、メインカメラである頭部を集中的に射撃する。だがこれも貫通しない。
ボディなんて当然貫通しないだろう。主要部全体が、強固な装甲になっているらしい。
『ならコレは苦手だろォ!?』
腰部のダクトから黒い塵が噴霧される。協会のナノマシンだ。
「苦手ではありますが、今はお止めになったほうが」
『ほざけ! 悶えて死ね!』
「じゃ、コレで」
EMP爆弾のピンを引き抜いて放り投げる。それは爆発すると空中放電のような光を放ち、電光が大気を走る。
床と大気にまき散らされたナノマシンは火を吹き上げて火の粉となり、ハラハラと散る。やがて腰部のナノマシン入れにも引火したようで、小さな爆発がレーヴェスの腰で起こった。
『がぁぁっ!』
すぐに鎮火されたが、尻に火がついたその様はなかなか滑稽で、シンプルに笑える。
「僕は忠告しましたよ」
『——貴様貴様貴様ァ!!』
機銃を乱射してくるが、マニュアル照準になってしまったので僕の動きについて行けてない。だがこっちも正面からの攻撃が効かない。
ブリッツやシキシマを呼び込んで挟み撃ちするか?
いや、シキシマは外で増援を抑えるためにいる。ブリッツもその後詰めだ。なら僕がなんとかしないと。
『臆病者が! 絡め手しか能が無いのか! 正面から突っ込んでこい! そして骸を晒せ!』
まるでゲームに勝てない幼児だ。
だがこっちもいつまでも所定のプランでいるわけにもいかない。
レトヴィアも戻ってくる。というか、何かしらの破壊工作を選択するのだろう。そうなれば長居は出来ない。
なんとか、装甲の薄い背後を獲りたい。
——僕はレーヴェスを正面に捉え、脚部へ意識を集中する。
人工筋への入力を最大にして最大瞬発力で前へと飛び出す。
頭上を機銃弾の奔流が通り過ぎるのを感じる。
『動くなァァァ!!』
無茶言うな。
銃弾の殺気に満ちた熱を頭上に感じながら吶喊し、レーヴェスの二脚の股へ、足から体を投げ出した。
背中で床を滑走し、残りの炸裂弾を頭部目がけて撃ちきる。目くらましになってくれればそれで良い。
そのまま背後へと滑り抜けて背中を仰ぎ見るカタチに持っていき、スコープを覗くとこまでは、予定どおりだった。
『バカがァ!』
レーヴェスは腰部を支点に上半身だけをこちらへ旋回した。
三本の鋼鉄のかぎ爪が鈍く光る腕を振り抜き、床に無防備に転がる僕の脇腹目がけて渾身の力で叩きつけてくる。
僕の体は鋭い衝撃に捕らわれた。
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