第八章(中)
「見てくのかー?」
「どれくらい効果が出るのか、確認したい」
「けッ」
シキシマの目の前五メートルに敵が迫ったところで彼は体をひねり、居合抜きの動作をした。
動作速度としてコンマゼロゼロ秒以下。確かに刀は鞘離れしているのだが、端からは鯉口と鍔を悪戯に打ち鳴らしたようにしか見えない。
そして周囲に響く、金属の弾けるような高音。
直後、協会側の勢いに異変が起きた。
食屍鬼達が次々と、操り人形の糸が切られたかのようにその場に頽れて動かなくなって折り重なっていく。黒い濁流は勢いそのままに、シキシマの半径五メートルまでのところでビタリと止まり、それ以上進めていない。
哀れなのはアームスーツ兵だった。大量の食屍鬼の中にポツリポツリと配置されているので、食屍鬼の勢いに乗って突撃した結果突出した形になり、後ろで待機している僕のライフルで狙撃されて骸を晒す。
それからはもう戦闘というか、作業になっていた。食屍鬼達は次々と、シキシマが刀から発する耳障りな高音を聞いた瞬間からただの屍肉に戻っていく。
「……食屍鬼を動かしているナノマシンを震動刀との共鳴で破壊するなんてね」
「物体の固有振動数が分かってりゃ、こんなモン誰だってできるわ。つーか古い手品だろ。サッサと用事済ましてこい」
「分かった。ここはお願い」
背中で居合抜きの斬撃音を聞きながら、僕は携行してきたライフルを構え直す。
このライフル。二〇ミリ炸裂弾と通常のライフル弾が発射できる次世代歩兵銃として試作されていたものだけど、色々ゴテゴテと着けすぎたせいで空虚重量だけで一〇キロに達し、素の人間では手軽に取り回せなくなってしまった代物。
だけど火力は良好だし、実際に戦場で使った兵士達からは案外好評だったという逸品だ。
アームスーツ兵程度なら、束になってかかってこようと相手にはならない。
問題はレーヴェスだ。ナノマシンをリースで借りているというし、すでに協会から駆逐艦などの支援を得ている。何かしら準備していると見ていいだろう。
階段を地下へ向かって駆けていくと、階段の天板となっている一枚岩がところどころ欠けているのを見つけた。比較的新しい欠けらしい。
嫌な予感がする。
暗い、灯りもついていない階段を降りながら徹甲弾を装填する。炸裂弾で柔らかい標的は簡単に片付けられる。しかしアームスーツ兵以上の装甲戦力がいるならこれでも足りない。
どうするか。
——そんなことを考えていると、目の前が大きく開けた。
地下三階分は降った。象嵌の施されている太い石柱が建ち並び、天井を支えているホールだ。
いや、違う。
これは石柱じゃない。樹脂らしい。見た目よりも軽く、かなり硬度があるように見える。建造物の大黒柱に樹脂製の支柱を使うこともないだろうから、これは装飾用か?
『ジニス遅い!』
無線で、奥側の支柱にへばり付くようにして隠れているブリッツ達が声を掛けてきた。
そろそろと身をかがめながら近づくと、レトヴィアが視線をこちらに向けずに進行方向を指さす。柱が建てられていない空間がその先にあった。
「あれが秘薬の泉ですか?」
尋ねると、レトヴィアが黙って頷く。
中心には花を模した金属のモニュメントがそそり立つ巨大なプールがあり、それを上から柔らかく降り注ぐ光芒が照らしている。
モニュメントの花弁からは金属光沢のある青い液体が多方に流れ出ており、水音を立てながらプールを常に秘薬で満たしていた。
そんな寂漠とした雰囲気に似つかわしくない、白い防護服の作業員が五名。そしてその護衛としているアームスーツ兵二〇名。
作業員は協会直属の人間らしく、地球の言葉を話して合図を送り合っている。太いジャバラ付きホースを水中ポンプと一緒にプールに投げ込んで汲み上げ、ガロン缶に充填して運び出すつもりらしい。
『サンプルのつもりかな。お試しでも、量が欲しいんでしょうね』
ブリッツがプロペラを停めて僕の頭の上に駐機した。図々しい。
レトヴィアはというと、協会の水中ポンプを見て「便利ですね……」と、場にそぐわない感心を見せている。
「駆逐艦が撃墜されて、制空権を獲られているってのに呑気だね」
『どうせ後続の戦艦部隊に期待しているんでしょ。放っておこう。秘薬を汲み上げたって、持ちだせなきゃ意味ないし』
「そうしよう」
ホールの中心にあるプールを迂回し、僕らは支柱の林を静かに走り、対面のさらに地下へと進む階段へと向かおうとした。
『ザ——ザザ——』
突然、無線機からノイズが鳴った。
「ブリッツ?」
『は? 何?』
「いや、今何か喋ろうとした?」
『いーえ?』
『——ハハハ! 見つけたぞネズミ共!!』
スピーカーから流れるレーヴェスの声。
ハメられた。
『地下一階、および地下二階の全部隊! ネズミ共が地下二階への階段手前にいるぞ! 挟み撃ちにして捕まえろ! ああ、手足の二、三本は無くなっていてもかまわんからな』
『ハァ!? あんの小悪党、適当なチャンネルにノイズ放り込んで、アタシ達の反応見たのね!?』
「ブリッツ。無線チャンネル変えて」
『もうやってるわい! ついでにスタックス暗号ぶち込んでやったわ! ゲハハ!!』
「兄上に見つかったのなら、一戦交えなければ進めないですね」
そう言ってレトヴィアは腰の剣を抜いた。波のような模様が美しい剣だったが、肉に対する切れ味はともかくアームスーツには効かないだろう。
『あー、来てる。前方の階段から四〇上がってくる。後方のプールの輩は動かない』
「分かった。一端退いて。プールのところにいる奴らは少ないからそっちを蹴散らし、そこを拠点にしよう。殿下とブリッツは隠れてて」
僕らは回れ右をして、プールの方へと戻るべく急ぐ。
『もー! こんなんならアタシもなんかスーツ持ってくればよかった!』
ブリッツが文句を垂らしながら最後尾を飛んでくる。
もう隠密行動は意味がない。だったら僕だって遠慮はしない。
「このままプール周辺の奴らを仕留める。キミらは支柱に隠れていて」
「あの、私は」
「……残念ですが、殿下の装備では戦闘になりません」
レトヴィアは口をぎゅっと結んで見せた。
まぁ、気持ちはわかる。
「お役に立てず、すみません」
『なんのお姫様! この先はお姫様しかなんとかできないから!』
ブリッツが間に挟まっていると楽だ。今度から現場にもブリッツを連れていくか?
「じゃあブリッツ。殿下をお願い」
そう言って支柱の林から飛び出す。急にホールへ躍り出てきた僕の姿を見て、プールで警戒していたアームスーツ兵達は一斉にこちらを向いた。
どいつもこいつも結構な重装備だ。ライフル持ちが前列で、軽機関銃持ちが後列。それが戦列をあっというまに作って僕をここに釘付けにしようとしている。
彼らは作業員を護衛するという任を受けているに違いない。それと地下二階から増援がどっさりくるというのもあり、ここで足止めすれば良いと思っているのだろう。
「ナメるなよ」
二〇ミリ炸裂弾を六連発。戦列の頭上に水平に打ち込んでやる。直線に近い放物線を描いて敵の頭上に到達したそれらは破裂し、衝撃波と大量の破片を頭上から雨のように降らせる。
「ああぁぁぁあ!!」
三体ほどのアームスーツがよろめいて地面に転がった。それの手当をしようとポジションを外れたのが数名。もうすでに半分は無力化したも同然だ。
こうやってまとめて始末されるから密集陣形は良くない。普通は散開するべきなんだ。
吶喊の姿勢を崩さず、軽機関銃持ちを集中的に射撃する。このライフル弾にしても、貫通力だけ見ればマグナム弾だって尻尾巻いて逃げるような代物だ。そして射手である僕はサイボーグ。装甲の継ぎ目を狙って連続射撃すれば簡単に貫通できる。
次々と装甲のつなぎ目に孔をあけられ、血をふきだして倒れる鉄仮面達。どうせ未開惑星の原始的な軍隊としか手合わせしたことないんだろ?
『ジニス! 増援来た!』
「分かってる」
最後の一人を始末する。
プールは確保できた。
作業員達はもうすでに姿がない。機材を丸々残して逃げてしまったようだ。
「二人とも! こっちに来てアームスーツの残骸を盾にして隠れてて!」
支柱の林からブリッツが飛び出してくる。その後ろからレトヴィアが——。
刹那、大気を何かが高速で切り裂く音と、樹脂が砕け散る音が響いた。
目の前でブリッツの体となっているドローンがぐらりと傾く。そして、そのまま半壊状態で地面へと落ちていくのを見てしまう。
「ブリッツ!!」
思わず声をかけたが返事がない。ブリッツはそのまま地面に叩きつけられ、無数の破片を散らして墜落した。
「ブリッツさん!」
「殿下! スナイパーがいます! こっちへ早く!」
第二射は来なかった。ブリッツは地面に捨て置かれ、レトヴィアはアームスーツ兵の亡骸の影で蹲っている。
閉所だから考えが回らなかった。自分の浅慮さが憎い。
「ジニス! ブリッツさんが……」
「それはあとです! そこを一歩も動かないでください! 始末してきます!」
弾道計算をするが、敵はもう最初の場所にはいないだろう。そもそも何人居る?
どれだけの精度の射手? サイボーグレベルかどうか?
そういう索敵ができるのもブリッツだったのに——。
『——あーびっくりした! 豆鉄砲喰らったハトってこういうコトかぁ』
「ブリッツ! 生きてるの!?」
『あったりまえでしょ。アタシ、今どんな感じ? カメラもぶっ壊れちゃった』
「ば、バラバラです。とてもご健在だとは思えないのですが……」
『うわー、マジ?』
「ブリッツ。周囲の敵兵の動き、分かる?」
『無理。落ちたショックで基板からアンテナとかのデバイスが全部抜けちゃったみたい』
その時。柱の林の暗がりで、何かが動いた気がした。
「ジニス! これ、絶対に囲まれていませんか!?」
「分かってます!」
ジリジリと、支柱の林の暗がりに展開している包囲が狭まるのを感じる。同時攻撃を喰らったら誰かが落ちる。最悪、レトヴィアが混乱の中で殺される。
『あー、ねえお姫様?』
「な、なんですか」
『えっとねぇ、アタシの残骸の基板ってわかる? なんかキラキラした模様のついた板』
レトヴィアは亡骸の影からブリッツの残骸を見やる。何をさせてるんだ。
「見えます」
『オッケ。ジニス、合図で連中を惹きつけて』
「何するつもりだよ」
『細かく説明するの面倒だからサ。お姫様はジニスが暴れ出したら、アタシの残骸をプールに投げ込んで』
「お、溺れますよ!?」
『あー、大丈夫。アタシ呼吸してないし。ってワケで、ジニス。五秒後に適当に大暴れして』
「勝手だな」
『よーん。さーん……』
ああ、もう!
苛立ちながら腰の手榴弾を四個、ピンを引き抜いて支柱のほうへと放り込んだ。
空気が動く。明らかに狼狽したことによって生じた隙だ。
手榴弾の破裂に合わせて、とりあえずブリッツが転がっている方向に突撃する。彼女を横目に見て通り過ぎ、周囲の安全を確保するために炸裂弾を正面に連射して弾幕展開。
「散開! 散開!」
「支柱から出るな! 弾幕を張って釘付けにしろ! 相手はサイボーグ一体だぞ!!」
その合図と共に敵方からの一斉射撃が始まる。幸いだったのは同士討ちを避けているがため、肝心の弾幕がスカスカだったこと。生身の人間だったら怯むだろうけど、流れ弾がヒットしたくらいじゃ傷つかないこの体なら不必要に恐れる必要もない。
相変わらず暗がりの敵が見えづらい。だから当てずっぽうで炸裂弾を撃ち込んでやるほかないが、敵方の無線を傍受するかぎり、結構な被害を与えているようだ。
「殿下!」
頃合いよしと見てレトヴィアを呼ぶ。彼女の動きは意外や素早い。よく見れば腰部の鎧を外して身軽にして、備えていたらしい。
ブリッツの残骸から基板と電源をおそるおそる引き出し、両手で大事そうに保持している。
『もっとぞんざいでいいから! ホラ早くプールに投げちゃって!』
プールまで十一メートルの距離。平均的な女性の遠投能力なら届くハズだ。
「ごめんなさいッ!」
レトヴィアは渾身の力でブリッツをプールに放り込む。
『ジニス! アタシは自分で何とかするからお姫様護りなさい!』
そういい残して、ブリッツは秘薬のプールへダイブしていった。
言われなくてもわかってる。
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