第一章(後)

「休暇から帰ったところわるいが、すぐに現地に飛んで欲しい」


 僕は平屋建ての家の地下四階にある、中隊長の部屋に来ていた。ちなみに僕が小隊長。


「僕は構いません。シキシマが不機嫌になりそうですが」

「まぁソレはいつものことだから……。君はもう大丈夫なのか?」

「はい。思考テストもパスしました。証明書を提出しますか?」

「いや。あるなら良い。作戦要綱、現地の調査記録、装備目録はネットワークにアップロードしてある。ダウンロードして利用してくれ。私からの説明は以上。艦は宇宙港に待機していて、今頃は先行したブリッツがチェックを進めているハズだ」

「承知しました。直ちに向かいます」


 形だけの敬礼を行い、部屋を振り返ると扉の向こうに誰かが待ち構えている気配がした。というより、誰かが廊下の壁にもたれかかって、だらしなく待っている様子が透視できる。


 僕は「見つけた」という感覚を気取られないよう平静を保ち、扉を開けて退室する。

 向かいの壁に寄りかかるようにして、グレーのコートを着込んだ男が目をつむって腕組みしている。黒い髪はボサボサで手入れがされているように見えない。控えめに言って野良犬のような人。——シキシマだった。


「仕事かよ」


 シキシマは心底怠そうな声で呟く。僕は短く肯定する。


「オメーは大丈夫なのかよ。ああ?」

「別に。前と同じように動ける」

「それは誰が保証すんだ」

「僕が」


 それを聞いたシキシマは鼻で笑った。


「自己申告の異常ナシって、意味のねぇ言葉だと思わねぇか?」


 意図的な煽り。いつものコト。僕の言葉に意味が無ければ、君は中身が無い。

 これ以上は話が進展しそうに無いので、僕は黙殺する形で平屋を出て宇宙港に向かおうとする。それを追いかけてくるシキシマは、腰に下げた震動刀二本をガチャガチャ言わせながら付いてくる。


「んで、任務はなんだよ」

「それはあとで。ブリッツと一緒に説明する」

「まァ大したことねぇ雑用だろ? 面倒くせぇ」


 ソレばっかりだ。君は何のためにここにいるんだよ。


「……オイ、ジニスよォ」


 そう呼ばれて僕は左を向いた。シキシマの紅い、縦長の瞳孔が僕を睨み付けている。

 彼は強化人間。二〇〇年ほど前に開発されたタイプの最新型。——なのだが、強化人間を製造すること自体が現在は重犯罪となっている。じゃあなんでこんな所にいるのか?

 当然、人殺しのためにいる。僕と同じ。


「もうちょい、ブリッツに気ィ使ってやれや」

「何の話?」

「ブリッツがカウンセリングのコト聞いただろうが。俺もお前の小隊にいるからにゃ、聞く権利がある。……んで、オメーはアイツを邪険にしたんだろ」

「——ああ」


 シキシマの細い瞳孔がさらに細くなる。


「俺はヒトじゃねーからどうでも良いが、アイツは元人間なんだぜ。人辞めたイカレでもあるが、人づきあいは辞めてねーんだ。だから少しは人に対する応対をしてやれや」

「……善処する」


 ——とは言ったものの、正直ぬるいとしか言いようがない。なんで僕が傭兵仲間に気を遣わなければならないんだ。君だってそうだ。いつもブリッツの前じゃ横柄なくせに。

 万事こんな調子だ。二人は僕よりも経験がある。だけどあまりにも自由すぎる。


 ***


 木星コロニーの宇宙港へは公共交通機関トラムで向かった。要するに、さっきから僕は宇宙港と家を行ったり来たりしている。なんて無駄なんだ。


 僕とシキシマはボックス席を占有することにした。

 さっきと逆の方向に流れていく風景を見ながら、僕は駅の売店で買ったエビカツサンドを頬張るシキシマを横目で見る。三袋も買って、飽きないのだろうか。


 強化人間と普通の人間の違いというのは、外見上は瞳の形ぐらいしかない。だからサングラスをしてしまえば分からない。問題は腰から下げている刀だが、まぁ多様化したファッションや趣味趣向のおかげで、ソレが本物なのかどうかなんて誰も分からない。

 

 そも、未だ一般人の脳内にある『刀』の外見は、古のサムライが下げていた物のビジュアルしかない。エルゴノミクスデザインを採用された柄や鍔なんか見ても、どっかのSF映画のコスプレアイテムにしか見えないだろう。——実際は、超高速で震動することであらゆる物を切削・溶断する本物の次世代近接武器なのだが。


「やっぱあそこの売店のエビカツサンドうめーな。ねーちゃんの作るソースが良いんだな。ちょっとエビが小さい、やっすいのに置き換わったけど、どうでも良くなるくらい美味い」

「そう」


 まったく興味が湧かない。そんな栄養素に乏しいもの……。君は強化人間だろ? なんでそんな、君より劣る者達が作った物を重宝するんだ?


 こういうところが意外だ。彼ら強化人間が規制されているのは、当初はその高知能が先鋭化した思想を好むのでは無いかということだった。


「——シキシマ」

「んが?」


 純粋な興味で、僕は聞いてみることにした。


「人間が劣ってると感じたことは?」


 それを聞いたシキシマは鼻で笑った。


「それは、お前自身が人間じゃねえ場合に言う言葉だろ」

「僕はサイボーグだから」

「まぁ、そうだな」

「——不思議なんだ。君は要するに超人だ。人間より頭が良いハズだし、体力は比較にならない。そんな君たち強化人間が、こうやって普通に非合法とはいえ、仕事をして人間社会に適合しているのが」

「そんなに意外か?」

「だって、その気になれば人間を支配してしまえば良いでしょ? 君らは支配者になろうとしないの? もっと効率的で優れた社会を創れば良い」

「あーそれな。よく言われるけどよ」


 シキシマは包み紙をグシャグシャとくるむと、懐へと突っ込んだ。

 ソースで汚れるだろ……。


「この世には確かに、二百万の強化人間がいる。そいつらが全員蜂起したら確実に世界はひっくり返るぜ。ダークウェブで毎月やってる会合でも、時々そういうコトほざく出来の悪い奴がいてなー……」

「出来が悪い?」


 シキシマは満腹になって機嫌が良くなったらしい。少し表情が和らいでいる。


「だってそうだろ? 今だってこうやって、適度に体を動かして美味いもの食って……自由にできてるじゃねーか。既存の社会のシステムは便利だろ? それをぶっ壊して、強化人間の支配下に置くとか正気の沙汰じゃねーよ。例えばさっきのソースだって、売店のねーちゃんじゃねえと作れねえし」

「作らせれば良いじゃない。君らはその元締めだ」

「わかってねーなー。俺らが駅前の売店にまで気を配らなきゃいけないとか、どんだけだよ。そんな頭使う苦労するぐらいなら、この社会に溶け込んで知らんふりしてるのが間違いなく頭良いだろ」

「怠惰だね」

「楽になる方法を実践するヤツが一番頭良いんだよ。それは歴史が証明してるだろ」


 シキシマはプラスチック容器に入った熱々のコーヒーを啜り、続ける。


「そもそも、二百万の頭数で太陽系に広がる二〇〇億の人間を支配するとか、絶対過重労働になるだろ。二百万の中でも中間管理職とか出てくるだろうし、そうなったら不平不満の後に内乱だぜ? アホくせえ」

「それは強化人間の総意?」

「まぁな。誰しも育児ポッドから産まれた直後はそう思うんだわ。で、ダークウェブをさまよって他の個体の意見や討論を聞いてる内に悟るんだな。〈コレ、リスク高いしメリット無いし面倒くせえわ〉ってな」

「……そう」


 よく分からない。みんなそうなのだろうか。じゃあ僕が、かつて言われていたことは全部無駄だったのだろうか。だとしたら、それが人格形成の根幹にある僕とは一体なんだ。


 ***


 宇宙港へは『裏口』をとおって僅かなお礼を配り、駐機場の隅っこへ向かう。一世代前の古くさい巡航艦が僕らの乗るフネ。


 汚れが目立たないように塗られたカーキ色。猛禽のようにとがって下へ折れている舳先。今ではもう古くさい両舷の安定器スタビライザー。しかしこれらはすべて偽装。


「ブリッツ?」


 僕らは艦の腹から降ろされているタラップを上がっていく。中では人もいないのにコンソールが操作され、発進準備が進んでいた。


『いらっしゃい。準備はもうほぼ出来てるよ。あとは備品をチェックして。特に水と食料ね。アタシは食べないから忘れちゃうし』

「了解」


 ブリッツはこの艦——便宜的にクルーザーと呼んでいる——のコンピュータに憑依できる。

彼女は十数年前まで人間だったが、気がついたら意識をネットワークにまるごと移して肉体を完全に捨て、電子生命体に昇華していたという。


 つまりこのクルーザーはブリッツであり、艦長でもある。だからまるで自分の体を動かすかのようにクルーザーを操れる。こういうところは素直に凄いと思う。


「なァ」


 端末で備品のチェックをしているところへ、シキシマが声を掛けてきた。


「なに?」

「腹減ったわ。売店でスナック買ってくる」


 始まった。シキシマの悪癖。

 僕が呆れているところに、ブリッツがスピーカーで咎めに入った。


『何言ってんの。ダメに決まってるでしょ。駅前の売店で、いつものエビカツサンド食べなかったの?』

「もう消化しちまった」

『我慢なさい。出発したら即席麺でもなんでも食べていいから』

「いや、血糖値低いって言ってんじゃん……今上げないと死ぬが?」


 これは誇張ではない。強化人間は代謝が激しい。知覚が鋭敏なのもそうだが、膂力や体のバネ、耐久力、全てが人より高スペックでまとまっている。それを維持するためには食べ続けてカロリーを摂取しないとならない。

 そういう生物的な無理もたたって強化人間の平均寿命は短い。


『備品庫に飴ちゃんあるから、それでも囓ってて』


 そう言われたシキシマはフラフラと備品庫へと消えていく。仕事をしてほしい。


『で? どういう仕事なの?』

「シキシマが居ないから……」

『スピーカーで流すよ』

「——保護セクターにある惑星の一つから、警護の依頼を受けた」

『保護セクター? 行って良いの?』


 ブリッツの懸念は当然だ。

 保護セクターとはつまり、地球連邦政府の勢力圏ではあるものの、そこに存在する文明に対する干渉が認められないという宙域のこと。行ってしまえば、自然公園のようなものである。


 人類が進歩すると発生するのが、宇宙へ脱する事ができる者とできない者の邂逅だ。前者はもれなく技術が発達しているし、後者は精神的な貧富はともかく、少なくとも技術的に劣っている。両者が出会えば技術によるマウントが始まる。戦争にせよ経済的な侵略にせよ、だ。


 そのような悲劇を起こさないよう地球の企業の進出に歯止めをかけたのが、通称【条約】と呼ばれる制限事項だ。


「この依頼は条約監視局から転送されてきた依頼だから。——王族の聖別式を、現地人として潜伏する形で警護するらしい。極力機械や技術的なものを晒さず、重火器もほとんどが禁止」

『え? じゃあアタシダメじゃん』

「ブリッツはクルーザーで待機らしい」

「オメーもダメだろ。機械の塊だし」


 いつの間にかシキシマが戻ってきて部屋の隅で飴を頬張っていた。


「僕は着衣していれば人間にしか見えないから。シキシマ。君と僕が直接の任にあたる」

「めんどくさ」

『——ところで聖別式ってなに?』

「王族の一人が、教会の信任を得て国教における最上位の巫女になる。その催しらしい」

『成人式みたいなモノかしら。おめでたい話だけど、なんでアタシらみたいなのを潜めておくのかな』

「催し物で暗殺とか、戦争勃発のテンプレだからな。自前のガバガバ警備じゃ信用できねえんだろ」


 さっきからシキシマが飴を次々と口に放り込んでボリボリ噛んでいる。うるさい。


『ふーん……。娘想いなのねぇ、王様だか女王様だかしらないけど』

「いや、依頼主は巫女の侍従長となってる。王の承認は見当たらない」

『あら。なんかキナ臭いね』

「俺らに暗殺やれって言うかもな」


 シキシマがヘラヘラと脳死で口ずさんだ薄っぺらいことを、僕は否定する。


「警護任務と言われている以上、暗殺任務に変更すれば莫大な追加料金が必要になる。そういうセーフティが契約に盛り込まれているから」

「知っとるわ。何年傭兵してると思ってんだ」

『——まぁ、鬼が出るか蛇が出るか。それは現地でってことね』

「じゃあ、みんな質問は?」


 シキシマは相変わらず、虚空を見ながら飴をボリボリしている。ブリッツは手近なディスプレイにサムズアップのアイコンを表示した。質問は無いらしい。


「じゃあ、準備が完了次第僕らは出発。現地の樹林地帯に着陸してクルーザーを秘匿後、先方の迎えを待って作戦を開始する。以上」

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