第5話 幻と真

クロエは、近づいてくる商人ジークを見て遂に自分の頭が可笑しくなったと思った。


いつのまにか幻影が見えるようになったらしい。


最近、息子のザックの夜泣きが始まった。


夜中の12時頃に何かに怯えるように急に泣き出す。


その度にクロエは、起きて息子に寄り添ってきた。


幻影でも、もう会えないと思っていた愛しいジークに会えた。


私が愛した商人のジーク。


母国ガージニア王国が滅ぼされる前に戻ったような気がした。


クロエはジークの幻影に向かって言った。


「ジーク。貴方の事を愛している。私はこの子と元気で暮らしているわ。仕事もしているのよ。貴方がいなくても私は大丈夫。だからもう探さないでください。」


ジークの幻影は少し戸惑ったように微笑み、クロエの目の前まで来た。


クロエは、幻影でも足がついているのかと思った。


手を繋いでいる息子のザックは、ジークを見て急に声を出した。


「パパパパパッパパパ」


ジークは、息子を右手で抱きかかえ、クロエの涙をそっとぬぐった。


可笑しい。幻影なのに、息子を抱き上げる事ができるなんて。


クロエは戸惑いながら、ジークを見る。


「クロエ、一緒に暮らそう。君がルルージュア王子だとしてもいいから結婚してくれ。」

体格のいいジークに息子と一緒に抱きしめられながら、クロエは戸惑った。


可笑しい。幻影だと思っていた。


この時間はいつも、ジークがいる帝国の方角を見ながらジークの事を思い出していた。



だから、私の聞きたい言葉を話すジークが現れたと思った。



でも、この感覚は?


クロエは言った。

「おかしいわ。幻影にしては、はっきりしている。」


ジークは、笑う。

「はは。幻影じゃないよ。クロエ。2年も探し続けた。もう離さないよ。」


やっと気が付いたクロエは、咄嗟に、ジークを突き飛ばそうとして思いとどまる。ジークは息子を抱きかかえている。押すわけにはいかない。


ジークは言った。

「そうだ。俺たちの息子も帝国に向かえないとね。第一皇子として。」


クロエは顔を青ざめさせた。

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