プロローグ0-3

半年前旧オーヴェル男爵領墓所


--俺は今、何をしているのだ……?


 オーヴェル男爵の死霊は自身の墓の前に佇んでいた。4年ほど前から彼は自身の墓の前にいる。冥府へと旅立つことも、現世を彷徨うこともなく、身動きも取れず、思索に耽ることもできず、ただ、そこにいる。


「ホホホ。お久しぶりですねえ、レオン。今はオーヴェル男爵ですかねえ」


 濃い紫色の法衣を纏う男がオーヴェル男爵の元に現れる。ここでオーヴェル男爵の朧げだった意識が明確になる。


「貴様は冥王! あの時の決着を……!」


 オーヴェル男爵は剣を抜き、冥王に斬りかかろうとするが……。


「ホホホ。アナタはお亡くなりになったのですよ。死霊となったアナタが現世に物質的にも霊的にも干渉できるほど時間は経っていませんから、ワタシに斬りかかろうとしても無駄ですよ」


 気づけば、自身の佩刀である『斬魔神刀』が見当たらない。


「ホホホ。一人の戦士として、アレ以上の死に方はなかなかないですねえ」


 冥王の言葉にオーヴェル男爵は自身の死に際を思い出すのだった--


 ◇◆◇

 5年前オーヴェル男爵領『異界の森』入り口


 オーヴェル男爵は自身を隊長とする守備隊を率い、森の入り口前の草原から森を見る。


『異界の森』と呼ばれるこの森では、時折、モンスターの大群が湧き出るスタンピートという現象が起こる。湧き出るモンスターの強さはオーヴェル男爵から見ると大したことはないが、並の人間にはなすすべもなく、数が多いため、予兆が現れる度にモンスターの掃討を行なっている。


「隊長、今日は少し面倒ですね」


 副隊長のゼインだ。面倒というのは、新興のオーヴェル男爵家の寄親であるトゥール侯爵家が、オーヴェル男爵が功績をあげるのを好ましく思っていないため、トゥール侯爵家の軍を招聘し、手柄を譲ることになったのだ。


「モンスターの掃討が終わった頃に到着するだろうから、邪魔にならなくて丁度いい。戦いに参加しない者に大きな顔をさせるのは癪に触るが、侯爵は見返りを寄越すだろうから、それで我慢してくれ」


 オーヴェル男爵がゼインに答える。先日、トゥール侯爵に面会した時、トゥール侯爵に対して今回の話を持ちかけた。トゥール侯爵の反応からは、まともに軍を送らないことは察せられたがオーヴェル男爵にはそれで良かった。


『レオン。貴方の手柄を譲ることで、侯爵の嫉妬を避け、更に実利を得なさい』


 妻であるメディナから、このように助言を受けたからだ。オーヴェル男爵と妻のメディナは元々冒険者なので、名誉よりも実利を優先する思考を持っている。更にはメディナが魔族の大貴族である『覇王グランバーズ』の娘あるため、貴族の発想にも理解があった。


 メディナ曰く、


『魔族も人間も同じところは同じなのよ』


ということだ。


 しかし--





「隊長! 抑えきれません!」


「モンスターども一体一体の強さが尋常じゃない!」


 溢れ出てくるモンスターたちの強さに動揺が走る。倒せないほどではないが、明らかにおかしい。


「トゥール侯爵に救援要請を!」


 オーヴェル男爵は、負傷した隊員たちに指示を出す。トゥール侯爵の軍は間に合わないだろう。これは、負傷した者たちを逃す口実だ。


 オーヴェル男爵は『斬魔神刀』を手にオーガやドラゴンなどの強力なモンスターを倒していく。ゴブリンなどの弱いモンスターを隊員たちに狩らせるが、ゴブリンと言えども通常の数倍の強さであり、隊員たちに疲労の色が見え始める。


「何だ? この気配は?!」


 オーヴェル男爵に悪寒が走る。覇王の城に乗り込んだ時でさえ感じなかった感覚だ。


「退却しろ! 俺が時間を稼ぐ! そして、トゥール侯爵の軍と合流しろ!」


「しかし、隊長!」


 ゼインは反論しようとするが諦め、撤退を始める。このままだと自分たちがオーヴェル男爵の邪魔になることが分かったからだ。





「ククク。レオン・オーヴェル。いい判断だ」


 見慣れぬ服を着た平たい顔の中年の男が現れ、モンスターたちは動きを止める。見た目に似つかない力を感じる。


「何だ? お前は」


「ククク。一部の者は『災厄を撒く者』と呼んでいるな。俺自身は『アドミニストレータ』と名乗っているがな」


「このモンスターたちはお前の差し金か」


「そうだ。覇王と繋がりを持ち、その強さ、性格。うっかりすると、魔王のヤツがお前を気に入りそうだからな。そうすると、次の大戦も拍子抜けで終わってしまう可能性がある。だから、お前を始末する。大戦はもっと凄惨でなければならないからなぁ!!」


 アドミニストレータの叫びと同時にモンスターたちが動き出す。アドミニストレータの力により、更に強化されたように感じる。


「いかにお前が強かろうと、コイツらを倒すことはできまい! 絶望に塗れながら死ぬがいい!」


 アドミニストレータの姿がかき消える。長居をすることで要らぬ失敗を呼び込まないためだ。


「アイツを倒せば状況が変わると思ったが、そうは問屋が卸さないか……」


 アドミニストレータによって強化されたモンスターからは一体だけでも街の一つや二つ、壊滅できるだろう力を感じる。その街にいるのがメディナとアーシェなのだ。


「アレン、ヴェイン、ローラ、フュース……。そして、メディナ、アーシェ……。さらばだ」


 オーヴェル男爵は、かつての仲間たちと妹のフュース、妻のメディナと娘のアーシェに別れを告げる。


 オーヴェル男爵は生命の全てを剣に込め、横薙ぎの一閃を放つ。モンスターたちはその光に巻き込まれて消えていったが、力を使い果たしたオーヴェル男爵もまた、地に倒れ伏すのだった--


 ◇◆◇

「あの時、俺は……」


 オーヴェル男爵は全てを思い出す。力を使い果たして死んだのだ。悔いなく死んだと思ったのだが……。


「後に残した者に対する想いによっては、その想いが魂を現世に繋ぎ止めるのですよ。ワタシとしては好都合ですがねえ」


--メディナ、アーシェ……。俺の心残り……。


 オーヴェル男爵は二人のことを想うが、冥王の言葉に引っかかるものを感じた。


「好都合とはどういうことだ?」


「アナタを冥王軍『ノーライフ・ソルジャーズ』に迎え入れるために冥府からアナタの魂を呼び寄せる手間が省けたということですよ」


 オーヴェル男爵は驚愕に目を見開く。冒険者時代に『神託戦争』に関わった際に『ノーライフ・ソルジャーズ』のスケルトンと遭遇した。そのスケルトンが行使する魔術は仲間の魔術師のローラを軽く超えていた--


「俺にお前の軍門に降れと?」


 オーヴェル男爵は拒絶の意思を露わにする。しかし--


「これを読んでも同じことが言えますかねえ」


 冥王は『アーシェリリー・オーヴェルの現状と未来予測』と書かれた報告書をオーヴェル男爵に手渡すのだった。


 ◇◆◇

 報告書を読んだオーヴェル男爵は娘の現状と未来についての予測を知り、怒りとも悲しみとも絶望とも知れない感情に襲われた。


 娘がどのように成長するか気がかりだったが、こんなことになろうとは……。


「いかなる能力を持とうとも、世界の悪意に絡め取られることがあるのですよ。資質を開花させる前の子供なら尚更ですねえ」


「しかし、これは……」


 オーヴェル男爵は冥王が手渡した報告書の内容を否定したかった。


 アーシェは現在、トゥール侯爵家で貴族としての教育を受けているものの、召使いと動揺の扱いを受けており、近い未来に権力者に売り払われ、無体な仕打ちを受けるというのがその内容だ。


--だが、あの侯爵ならやりかねない……。


 トゥール侯爵の為人ひととなりからは十分にあり得ることだった。


 --しかも、この事を知った覇王が報復の軍を発してアステリア王国を壊滅させ、これによって魔族との大戦が始まるだと?


「覇王サンは素直じゃないんですよねえ。アナタたちの娘さんに会いたいと思いながら会えずにいた……。ようやく会えた孫娘の身に降りかかった不幸……。これを怒らずにいられなくなるのですよ」


「お前の軍門に降れば、お前がアーシェを守ると?」


「その通りですねえ。アナタがワタシに忠誠を誓い、ワタシはアナタの娘を守る。この『盟約』をワタシは冥王の名にかけて守りましょう。ただし、娘さんに適性があった場合、『--』としてワタシの計画の役に立ってもらいますがねえ!」


 --アーシェが『--』だと? そうなるならば、それもまた宿命。トゥール侯爵の思い通りになるよりはいい。


 オーヴェル男爵は決意を固める。


「では、レオン・オーヴェルよ! ワタシとアナタの『盟約』は成りました! ワタシはアーシェリリー・オーヴェルを今代の『盟約の子』として保護する事と致しましょう!!」


 オーヴェル男爵の墓から、遺骸が現れ男爵の死霊と合体し、額に『103』の文字が現れた。こうして、冥王軍に新たな上級アンデットが加わったのだった--

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る