プロローグ0-2

数ヶ月後冒険者学園ヘクトール闘技場


学内トーナメント決勝。

 アーシェは闘技場の中央に歩を進める。アーシェはヘクトールの制服--白のブレザーに紺色のスカート--に身を包み紫がかった銀髪をたなびかせながら歩いていく。


 決勝の相手はローズ。同じクラスで寮のルームメイトでもある。卒業しても関わりが消えることはないと思わされるほどのつながりを感じている。


 --Zクラスのみんな……、ベルくん、先生。そして……ローズちゃん。みんなに会えて良かった! 辛かった毎日がここに来て変わった……。


 ◇◆◇

5年前オーヴェル男爵邸


 自室の寝台でアーシェは目を覚ます。父のオーヴェル男爵を見送った時の不安が一気に増大し、息苦しさを感じる。

 玄関に騒がしく数人の者が入ってくる音が聞こえる。そして、母の悲鳴が。

 居ても立っても居られず、アーシェは2階の自室から寝巻きのまま階下の玄関へと駆け降りる。

 玄関へと駆け降りると、そこには変わり果てた父の姿があった。


「お父さん、お父さん、お父さん!」


 アーシェは涙を溢れさせながら父のもとに駆け寄る。


「ああぁぁぁ……。私も一緒に行けば……」


 母は放心状態だ。実は魔族だという噂があるほど美しい人で、父は拝み倒して結婚してもらったという話だが、母の方が父を愛しているのではないかと思わされることもあった。


「だ、旦那様! 医者は? 治療士はまだか?」


 執事が我を取り戻して叫ぶ。


「隊長はもう……。俺たちを逃すために……」


 領地の守備隊の副隊長が呟く。父は守備隊の隊長として、魔物のスタンピートに対処するために隊を率いて出撃した。魔物程度に遅れをとる父ではなかったはずなのに……。


「そんな! 嫌あぁぁぁ!」


 アーシェは泣き叫ぶ。その後の記憶はほとんどない。





「ごめんなさい。私は貴女と一緒にいられないの。」


 父レオン・オーヴェル男爵の葬儀が終わり、母メディナは実家から迎えに来た馬車に乗ろうとしていた。


「え? どうして? お父さんがいなくなっちゃって、お母さんもいなくなるなんて……」


 アーシェは突然のことに訳が分からなくなってしまった。


「あの人がいたから、私はここにいられたの。あの人がいないなら、私はここを離れないといけないの。私と一緒にいたら貴女まで……!」


 メディナは娘との別れにやり切れない気持ちになる。メディナは噂の通り魔族であった。メディナの父は魔族において『覇王』とも称される大貴族であり、メディナの結婚に反対していたため、アーシェを連れて行くことは危険だった。また、ここに留まるとしても、メディナが魔族であることを嗅ぎつけられる恐れがある。


「公女様。時間が……」


 迎えに来た者の一人がメディナに馬車に乗るよう促す。


「そうね。娘をお願いします」


 メディナは迎えに来た者に答え、そして男爵家の使用人たちにアーシェを託す。


「はい。私も侯爵家で働くことになりましたので、可能な限りお嬢様をお守りいたします」


 アーシェはオーヴェル男爵家の寄親であるトゥール侯爵家の養女となることになった。使用人たちのほとんどがトゥール侯爵家に行くことになっている。


「自分もお嬢様を……!」


 守備隊の副隊長がメディナに誓いを立てる。


「ありがとう……。娘を、娘をお願いします」


 後ろ髪を引かれる思いでメディナは馬車に乗り込む。


「お母さーん! うぅ……」


 アーシェは短い間に両親と別れることになったのだった……。


 ◇◆◇

同じく5年前トゥール侯爵邸


「あの役立たずが……。たかだか一日到着が遅らせただけで死んでしまうとは。しかも、厄介者を残して逝くとは」


 トゥール侯爵は愚痴を吐く。アーシェの父オーヴェル男爵の救援要請に対し、ちょっとした嫌がらせのつもりだったはずだった。この結果により、オーヴェル男爵夫妻と懇意にしていた宮廷魔術師長から抗議があり、トゥール侯爵は王宮に申し開きに出向く羽目になった。


「まあ、見た目だけはいいのだから……。ある程度育てて、物好きにでも売り払えばいいじゃないかしら」


 侯爵夫人が侯爵の愚痴に答える。メディナが魔族だという噂から侯爵は厄介者と評している。だとすれば、それを利用して追い出した上で利益を上げられればいいと考えている。





「タダ飯食いなんだから、少しは役に立ちな!」


 侯爵家の召使いが掃除道具をアーシェに押し付ける。


「……はい」


 アーシェがそれを受け取ったところに執事が割って入る。


「そろそろ、勉強の時間ですので残りはあなたがおやりなさい」


「まだ仕事が……!」


 召使いが抗議する。


「侯爵家としての最低ラインは身に付けさせるというのが侯爵様のご意向です。それに逆らうのですか?」


「フン! どうせ、エロジジイに売り払うためなんでしょ? 召使いの方がまだマシじなくて?」


 召使いがそう言い捨て去っていく。


「お嬢様。こちらへ。(……その通りだ……旦那様……奥様……どうすれば……)」


 かつての主人を思い、執事は苦悩する。





 --何て子なの……。本家のおぼっちゃま、お嬢様の半分の時間で……。この方が跡を継がれたら……。


 アーシェの勉強を担当する家庭教師は下を巻く。トゥール侯爵の息子と娘にも教えているが、アーシェはその半分の時間で二人以上の理解を示した。その聡明さは驚くほどのものだった。





「お前!生意気なんだよ!」


「お茶会で殿下に色目を使ってんじゃないわよ!」


 トゥール侯爵家の裏庭にアーシェは連れ出され、ネモスとエスタスの双子の兄妹から難癖をつけられる。


 ネモスはアーシェの優秀さ、エスタスは王宮で開催されたお茶会でのことが気に入らなかった。


「私、そんなつもりは……!」


 アーシェは否定する。王子に話しかけられたが、アーシェ自身は特に何も思わなかったからだ。


「いい事教えてあげるわ〜。あんたの母親、魔族だったんですってね! だからあんたの父親はパパに認めてもらうために戦いに明け暮れていたのよ!

 でも、たかだか一日、援軍を遅らせただけでスタンピートにやられちゃうなんてね〜。

 あれを乗り切れば認められたかも知れないのにね〜キャハハハ!」


「魔族の母親だけどなあ、野盗にでも襲われたんじゃねーか? お前の母親のこと、野盗に教えてやったからな〜今頃はどっかのエロジジイに飼われてるんじゃねーか? お前も売り飛ばす予定だから、買われた先で感動のご対面かもな? ヒャハハハ!」


 この時にはアーシェの母が魔族であることはトゥール侯爵家では公然の秘密となっていた。そして、侯爵家の長兄ネモスはアーシェと変わらない年であるにもかかわらず、裏社会と通じていた。


「イヤあああぁぁぁ!」


 アーシェは最悪の未来を想像して泣き叫ぶのだった。


 ◇◆◇


「腐腐腐。アーシェ、アナタとワタシの勝負、とても楽しみだわ〜! 覚醒した『盟約の子』の力。『腐海の御子』たるこのワタシに味合わせてぇ!!」


 アーシェと同じ制服に身を包む黒髪の少女、ローズが闘技場の中央からアーシェに向かって叫ぶ。


「ローズちゃん、私も楽しみ! だから……貴女の力を私に見せて!」


--ここ来て本当に変わった。無事に実家に帰ったお母様。お祖父様はいい人だった。みんな、私を受け入れてくれた。だから……。


 アーシェは観客席にいる祖父と母を見る。そしてローズを。


 アーシェとローズは微笑み合う。そして--


「死せる魂を裁きし者よ……

 現世の罪を罰せしめる者たちよ……」


「常識を呑み込み滅し去る者どもよ……

 倫理を揺さぶり打ち砕く者どもよ……」


 二人は己の最強魔法たる『神呪』の詠唱を始める。アーシェの瞳の色が青から紫に。ローズの瞳は茶色から黒へと変わり二人から発せられる魔力が渦となり余人の介入を拒絶する様相を見せるのだった……。

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