第1話 プロローグ① 冥王が学園に現れ、戦闘になる

「『即逃げモンスター』とは懐かしいのー。色々美味しかったのー。」


 冒険者学園ヘクトールの学園長室。大賢者ゼニスは自身が見聞きした魔王軍の様子をかつての仲間であり、今はヘクトールで学園長の任についているアイヴァンに話した後、突如振られた話題にそう答えた。


 ゼニスはヘクトールのZクラスの担任を務めていたが、昨年の卒業式直前に魔王軍がヘクトールに侵攻したのを受け、本格的に魔王軍の動向を探るべく、学園を辞したのであった。


「何であんなに美味しい特典があるのか謎ですよね。」

 アイヴァンはかつての冒険を振り返りながら答える。


「ホホホ。ワタシがお答えいたしましょう」


 そこに突如、冥王が現れる。冥王は40年前の大戦で幾度となく戦った敵である。魔王軍の侵攻ではないかとアイヴァンは身構える。


「また来たのか。飽きない奴じゃのー」


 ゼニスのすっかり打ち解けた返事にアイヴァンは驚愕する。40年前の『混沌カオス戦争』で伝説として語られるであろう一騎討ちを繰り広げた間柄だというのに……。


「め、冥王! 貴様!」


 邪法を用いてゼニスを籠絡したのか? アイヴァンに疑念がよぎる。


「ホホホ。昔、アナタから受けた傷が疼きますが、このお菓子で水に流して差し上げますよ」


 そう言いながら冥王はアイヴァンの前に置かれていたお菓子に手をのばす。

 冥王がアイヴァンから受けた傷というのは、『混沌カオス戦争』末期の『第一次王都攻防戦』の時のものだ。これによって、冥王は瀕死の重傷を負っている。


「良かったのー」


 まるで、子供時代の喧嘩の手打ちのような会話にアイヴァンは脱力する。


「わ、私のお菓子……」


「ホホホ。『即逃げモンスター』とは、エンカウント後、即座に逃げてしまう、回避性能が高い、物理・魔法の耐性がボス以上に高いモンスターのことを言いますねえ」


 冥王が『即逃げモンスター』について語り出す。


「倒し方さえマスターすれば、どうという事はないがの」


「マスターするのが大変なんですがね」


 ゼニスの返答にアイヴァンが呆れながら応じる。


「ホホホ。しかし、彼らが一部とは言え、魔王サンや勇者をも上回る能力を有している事が問題なんですよねえ」


 そこに冥王が問題提起をする。言われてみれば、魔族と人間の最高峰以上の能力を『即逃げモンスター』は有しているのだ。


「神の領域に近いのー」


 ゼニスが端的に評する。


「大袈裟な……」


 そうは言いつつアイヴァンは否定できなかった。


「ホホホ。その通りなんですよ、英雄サン。魔王サンにそこそこのダメージを与える伝説の武具でさえ、彼らには大して効きませんからねえ」


 伝説の武具ですら正攻法ではダメージを与えられないのが『即逃げモンスター』なのだ。


「神器クラスだと話は変わるのー」


『神器』というのは神に由来するアイテム、あるいは神自身の所有物をいう。代表的なものに神王ゼウスの雷霆、『ウラケノス』がある。200年前の『真魔大戦』の際にその力の一部が時の勇者に貸し与えられたという。


「『冥王の剣』の必中効果ですか……。まあ、神器という割には攻撃力はショボい……」


 この『冥王の剣』は神器としてアイヴァンも知る剣だ。冥界に座するという『真なる冥王』の剣だ。かつてゼニスが所持し、今はその愛弟子に託されたという。ちなみに目の前の『冥王』は『冥王を自称する魔族』という扱いだ。故にこの『冥王』は箔付けのために『冥王の剣』を欲し、前大戦時にこれを所持していたゼニスから奪うべく、一騎討ちに明け暮れていたと言われている。


「ホホホ。人の剣に対してよくも言ってくれますねえ。

 まあ、それは置いとくとして、『即逃げモンスター』の性能には、神クラスの存在、あるいは『世界のシステム』が関わっているのですよ」


 そう冥王は結論づける。


「外つ国には『神の靴』を預かる『即逃げモンスター』がいるというのー」


 冥王の言を肯定するようにゼニスが応じる。


「歩くだけでレベルが上がるという話を聞いて羨ましく思いました」


 かつて仲間だった外つ国の戦士の言葉が頭に浮かぶ。


「ホホホ。つまり、『即逃げモンスター』とは、神クラスの存在から何らかの使命を受けた存在、あるいは『世界システム』と何らかの関わりを持つ存在であり、そのために美味しい特典がある、という仮説をワタシは持っているのですよ」


「なんじゃ、仮説か」


「『あなたのかんそう』ですか」


 二人は冥王の言葉を期待外れに感じ、アイヴァンは外つ国の戦士がよく言っていたことを口にする。


「ホホホ。実際、どうなのか分かりませんが……まあ、いいでしょう」


 冥王の様子が戦闘態勢に移行する。


「お、やるかの?」


 ゼニスが嬉しそうに言う。まるで、遊びに誘われたような反応だ。


「冥王、ここで会ったが百年目……!」


 アイヴァンも応じる。ここで冥王を討てれば良し。討てずとも冥王の手の内を探れればまた良しとしよう。


「ホホホ。ワタシも立場上、魔王サンへの言い訳が必要なんですよねえ。では、戦いましょうか!」


 楽しそうに冥王が言う。冥王は実力が伯仲している者との戦いを好むことをアイヴァンは知っている。


「僭越ながら私めも……」


 兜をかぶったスケルトンが冥王の影から現れる。40年前に見た顔だ。戦いに参加することはなく、冥王のサポートを行うスケルトンのはずなのだが。


「『オーディンの槍』!」


 外に出てゼニスはいきなり大技を放つ。大賢者魔法の中でも屈指の威力を持つ魔法だ。周囲のマナを一気に消費し空気が冷え込む。


「『冥盾』!」


 冥王は魔法の障壁を作り難なく防ぐ。


「何だ? 当たらない? スケルトンの分際で!」


 アイヴァンは驚愕する。アイヴァンの弓手としての能力は必中に近い。それを難なく躱すとは……。『即逃げモンスター』と同等ではないか!


「ヒョヒョヒョ。冥王様謹製たる私めの回避能力と耐性をご覧あれ!」


 スケルトンは叫ぶ。


--冥王が作っただと? 『冥王を自称する魔族』に可能なのか? それとも冥王についての認識に誤りがあるのか?


 アイヴァンに一つの疑問が生まれた。冥界に座す『真なる冥王』が何らかの力の制約を受けた上で現世に顕現したのがこの『冥王』とでもいうのか? 『真なる冥王』なら、このレベルのスケルトンを作成可能なのではないか?


 何故そんなことが……馬鹿らしい。アイヴァンは気持ちを切り替えるために目の前の敵に集中するのだった--

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