第7話 冥王、生徒たちに事情を聞く②

「ホホホ。すみませんねえ。少し話が逸れましたが……。そこのアナタから順番に事情を説明して欲しいですねえ。」

 冥王はアーシェを指名して聞いた。


「実は……、魔王軍の学園襲撃の際にZクラスの担任が大賢者様ということが分かりました。箝口令はしかれましたが、上位貴族には情報が伝わり、私は義兄とともにZクラスに入るよう義父から指示されました。私の他にもそういう方は数名いると思います。」


 昨年の卒業式前の魔王軍による襲撃事件。SSSクラスに在籍していた勇者の血を引く少年を抹殺すべく、魔王軍が転移魔法により魔物を送り込んだ事件である。

 大賢者ゼニスは生徒を守るため、先頭に立って戦った。この事が上位貴族に伝わり、我が子を大賢者の後継者としたい、大賢者とコネクションを作りたい、などという思惑でZクラス入りが検討されたのだ。


「ヒョヒョヒョ。その割にはお前の兄弟はいないようだが?」

 アーシェの義兄と義妹はSクラスとなった。二人にしては珍しく勉強しているのは、入学後、大賢者様に認めてもらうためだとアーシェは思ったが……。


「それは……、上位貴族には大賢者様の退職がすぐ伝わり、Zクラスを目指すのをやめたのでしょう。私には……、伝えられませんでした……」

 アーシェには伝えられなかった。問題を見る限り、9割は解けたはずなので、SSSクラスに入れたかも知れなかったのだ。


「ヒョヒョヒョ。そう落ち込むでない人間の娘! 冥王様に庇護されることの喜びに打ち震えることになるだろう!」

 冥王の庇護……。人類の敵と言われそうな響きだ。本当に守ってくれるなら、嬉しいのだが……、義父である侯爵から守ってくれるなんて夢は見ない方がいい……。でも、せめて授業が終わるまでは……夢を見ていたいとアーシェは思った。


「ホホホ。なるほど、わかりました。では次のアナタ。貴族ではないので、違った事情があるのでしょうねえ」

 貴族で実力があるにも関わらずZクラスにいる者の事情はわかった。次に聞くべきは、平民でZクラスに入った者の事情だ。そこで、アーシェの隣の席のベルに冥王は質問する。


「デュフフ。入学試験の記述問題で『勇者爆発しろ』と書いたのが原因デュフ」

 入学試験の記述問題! 『伝承で語られる英雄たちについて思うところを述べよ。』という問題だった。大体の生徒は大賢者ゼニスか勇者について書いたはずだ。

 アーシェは古の剣聖ラクシュバリーについて書いた。かの剣聖の英雄譚で語られる囚われの姫君の救出劇。

 そして姫君との悲恋。アーシェは自身を姫君と重ね合わせ、救出されるシーンで喜び、剣聖との別れに泣いた。いつか自分にも助けてくれる人が現れると夢見て、現れないことを悟って泣いた。


 どうやら、ベルは勇者に対して思うところがあるらしい。アーシェも自分を助けにきてくれないことに思うところがあったので、ベルの『勇者爆発しろ』に共感してしまった。


「ヒョヒョヒョ。面白い人間だな。何故に勇者を憎む?」

 ガイコツが面白そうににベルに聞く。


「デュフフ。ボクは女の子と手を繋いだこともないのに、ただいるだけでキモがられるのに、アイツは……!」

 ベルは太っていて、常に汗ばんでいる。気持ち悪いといえばそうかも知れないが、そんなモノより忌避すべきものがある事をアーシェは知っている。


「ホホホ。まあ、そのくらいにしましょうか。では、次のアナタ」

 冥王は少し同情しながら言う。


「腐腐腐。記述問題で勇者×剣聖について語ったことくらいしか心当たりはありません!」

 アーシェの後ろの席に座るローズが答える。

 ローズの趣味は『びいえる』という男同士の組み合わせと閨での行為に思いを馳せるもので、愛好家は決して少なくないのだが……、ここまで堂々と語る者は珍しい。


「ホホホ。勇者サンに剣聖サンですか。懐かしい……。しかし、それは試験に書く内容ではありませんねえ」

 生徒たちは冥王の普通の反応に驚く。


「腐腐腐。我が一生に悔いはありません……。最推しの冥王様に出会えたのですから!」

 ローズが興奮気味に言う。『最推し』という言葉を初めて聞く生徒も、ローズが冥王にかなり好意的だという事がわかる。


「ヒョヒョヒョ。愚かなる人間にも見る目がある者がいるのだな!」

 ガイコツは喜んでいるが、『びいえる』の意味するところを知ると喜んでいいものか微妙なところだ。


「腐腐腐。試験では、空気を読んで控えめに勇者×剣聖にしたのにダメでした!」

 誇らしげに宣言するローズ。どこが空気を読んだのか、どこが控えめなのか理解しがたかった。


(ホホホ。先程の悪寒はこの子でしたか……。末恐ろしい子ですねえ。)

 冥王も『びいえる』について多少は知っている。『びいえる』を嗜む者たちは『腐女子』とも『貴腐人』とも呼ばれているらしいこと、彼女らが構築しているネットワークが強固であるということも知っているが、特に関わり合いはなかった。しかし……、まさか自分に悪寒を覚えさせるようなものとは思いもしなかった。


(ガイコツさん……。『盟約の子』は見つかりましたかねえ?)

 冥王は思念で自身の部下に問いかける。冥王が学園に来た目的となる者だ。現世にとどまる死せる魂との盟約……。冥王の名にかけて果たさねばならない……。


(は。冥王様。ぬかりはありません。)

 冥王にも目星はついている。悲しみの波長があの魂と同一だからだ。子を残して逝った者の悲しみ、遺され、苦難の道を歩む者の悲しみ。遺された子を更なる悲劇から救うこと、そして自身の思惑のために冥王はここにいる。


(ホホホ。それは良かったですねえ。まあ、様子を見てみましょうかねえ。)

 冥王は慎重にことを進めようと考えている。力で冥王に比肩する存在は数えるほどしかいないため、力ずくで解決することもできる。しかし、親を喪った孤児の心を救うには力押しではできないことを冥王はここ100年で学んでいる。


「ホホホ。事情も分かった事ですし、授業を始めましょうか。質問のある方はいませんかねえ?」

『盟約の子』の心を救う。そのために何が必要かを見定めるべく、冥王は一人一人の顔を見ながら授業を始める--

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