第8話 冥王、留年組の嘆きを聞く
「ホホホ。それでは何か質問はありませんかねえ。では、そこのアナタ。」
教室の後ろに座る眼鏡の男子生徒、シンが手を挙げ、発言する。
「先生、いきなり質問と言われても困ります。基礎の部分から教えて頂かないと…。」
座学ではまず教科書の内容を解説するのが基本だ。シンとしては、基礎から積み上げていくスタイルを想定していたので、困惑している。
「ホホホ。このZクラスの大半は留年してしまった方たちと本来であれば上のクラスに入る実力のある方たちで構成されています。であるならば、ある程度は理解しているはずなのですがねえ。」
冥王としては、基礎が身についている者に、基礎から教える事は無駄に感じる。最短一年で卒業するヘクトールでは、無駄を削ぎ落として教えなければならないと考えている。
--腐腐腐。冥王×メガネ…。メガネがもう少し成長したらアリ…?うーん、今のままでもイケるかな…。
ローズは冥王とシンのカプを想像する。教師ものは悪くないが…少しもの足りない。いっそのこと、シンがもう少し幼い方が良かった気もする。
--ホホホ。悪寒が…またあの子ですか…。
冥王はローズの方を見て、彼女がロクでもない想像をしている事に気づく。100年前からこの様な趣味を持つ者が増えているが…
「あのじーさん、寝てばっかで教えてくれなかったんだよ!」
留年した生徒の一人、ジェイドが声をあげる。
「そうだ、そうだ!」
同じくマグシスも同調する。
「ヒョヒョヒョ。大賢者は何をしていたのやらw」
黒板の前に侍るように立つガイコツが大賢者を馬鹿にするように笑う。大賢者を馬鹿にするのは、人間としてあり得ないのだが、留年した生徒たちは、その通りだと思ってしまう。
「ホホホ。しかし、留年したアナタ達は卒業試験後の襲撃事件の際に大賢者とともに戦ったのではないのですか?大賢者魔法の一つや二つ、目撃したのではないですかねえ?」
留年した生徒たちのアドバンテージは、大賢者と共に戦ったことなのだが…、彼らにしてみれば、ただ必死に戦っていただけなので、冥王にそれを指摘されても困るのだ。
「あんなの凄すぎて全然分からなかったよ…。」
ジェイドは大賢者ゼニスの指揮者としての的確さに思いを馳せる。武器も持たない自分たちが生き残れたのは、あの指揮にあるのだが、何がどう優れているか分からない。
「俺らなんかには無理だよ…。」
マグシスは大賢者ゼニスの魔法を思い出す。一撃必殺という言葉が思い浮かんだ。誰もが憧れる伝承の中の英雄の戦いを間近で見られた事に興奮し、自分には無理だと諦めた。諦めたのに留年を選んだのはどうしてなのかは分からない。
「ホホホ。大賢者とともに戦うなど、滅多にできない経験を無駄にしていますねえ。
今は使命のために飛びまわっている大賢者も報われませんねえ。」
大賢者ゼニスは、魔王軍による学園襲撃により、魔王軍に対する警戒を強固にするために退職したのだ。その後任が魔王軍の大幹部とも言える冥王、いや、『冥王を名乗る変人』というのは何の冗談だろうかと生徒たちは思った。
--腐腐腐!大賢者×冥王!滾る!滾る!滾る!『ワシのオーディンの槍をお前に…』『これがオーディンの槍!凄いよ!流石神々のお兄ちゃん!』…!
などという想像に耽るローズの様な者もいるが。
--ホホホ。凄まじい悪寒が…。もう、どうしようもないですねえ。
冥王はローズについては、気にしたら負けな気がしている。
「ヒョヒョヒョ。所詮は愚かなる人間といったところですな!」
ガイコツはジェイドとマグシスの言葉に対して煽りを入れる。
「だったら、どうすればいいんだよ!俺だってできるなら、あんな風になりたかった…!」
ジェイドはかつての夢が口に出る。
「でも、俺らには才能がないんだ…!」
マグシスは挫折を口にする。
「ヒョヒョヒョ。負け犬が悔しがってますな。愚かを通り越して哀れですなあ!」
更に煽るガイコツ。
「ホホホ。ガイコツさん、あまりイジメないであげて下さいねえ。」
生まれ持った資質はそれぞれだ。せめて資質通りに成長すれば良いと冥王は思う。
「は。冥王様!申し訳ありません!」
ガイコツが背筋を伸ばして答える。
謝罪は冥王に対してであって、生徒たちにではないのがよく分かる。
--腐腐腐。留年組のカプ…。慰め合うというのも良き…。
ローズは相変わらずの妄想に浸る。
「ホホホ。アナタ達は悔しがることができてますねえ。その想いがあれば人は強くなれるモノのようですねえ。少なくとも、ワタシが見た過去の大戦の英雄たちはそうした方たちでしたねえ。」
過去の大戦の英雄たち。始めは魔王軍より明らかに弱いはずの彼らが魔王軍を超える強さを手にする。歴史はその繰り返しだ。
その繰り返しを経験するうち、人間の『想い』というものが、人間の強さの秘密ではないかという仮説を立て、ここ100年、その実証に取り組んでいる。
--過去の大戦の英雄…。キラキラし過ぎて嫌になる…。
アーシェの心に黒いシミが広がる。英雄たちがいかに活躍しても、父を助けてはくれなかったし、遺された自分たちを救ってくれることもしない。
--デュフフ。英雄達の伝承…。アイツらここぞというところでイチャつくから、爆発すれば良かったのに…。
ベルは英雄たちの伝承の合間に入る恋のエピソードが苦手だ。危機に陥った女性を英雄たちが救い、恋が始まる……。ベルがいじめられている女子を助けても迷惑がられるだけだったというのに。
「そんな事言ったって…」
マグシスは泣きたくなる。自分の無力さは痛いほど思い知らされてきた。
「俺らは落ちこぼれ…」
ジェイドも自分の能力のなさに半ば諦めの境地に入っている。
「ホホホ。空気が悪いですねえ。基本的にZクラスは座学ということですが、外に出てみるのもいいでしょう。」
学園長であるアイヴァンからは座学中心と聞いているが、禁じられた覚えはないので、生徒たちを外に連れ出すことも悪くないと冥王は思った。
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