第12話 ローズ、妄想する

「ホホホ。それでは、少し説明しましょうかねえ。

 ワタシの基本方針は、『単騎で戦える魔法職』の養成ですねえ。

 理由はワタシや大賢者がそうである事ですねえ。自分自身と同じように指導する事が一番やりやすいんですよねえ」


「ヒョヒョヒョ。愚かなる人間には過ぎたるご配慮! この私め、冥王様の慈悲深さに感動の涙を抑える事ができません!」


 ガイコツの眼窩から水、涙が溢れ出る。


「本当に泣いてる……」


 アーシェは、スケルトンであるガイコツのどこに涙の元になる水があるか気になった。


「そんな事、無理……デュフ」


 ベルは、要求されるレベルの高さに驚愕する。SSSクラスの卒業生ですら、自身のジョブを極めるレベルに達せずに卒業する。一流と言われる冒険者ですら、他のジョブとの連携が前提だ。魔法職が単騎で戦闘可能とするためには自分には想像がつかない水準であることは想像がついた。しかも、自分には魔法適性がない。もしかすると、Zクラスにも自分の居場所はないのではないかと焦りを感じた。


「ホホホ。人には向き不向きがありますからねえ。例えば、獣王サンに魔法を覚えろと言っても無理がある話ですねえ。

 彼の場合は、彼の実力に見合った武器を渡せば済みましたねえ。」


「腐腐腐…先の大戦の『獣王の城壁崩し』…。獣王×城壁…。『見たか!これが俺の力だ!』『崩れりゅゅゅう!崩れて自分が自分じゃなくなっちゃりゅゅゅう!』…。」


『獣王の城壁崩し』とは、先の大戦での獣王の強大さを伝えるエピソードだ。獣王軍の王都侵攻の際、侵攻ルート上の街々の城壁を一発で破壊したという信じ難い『史実』だ。

 侵攻以前の獣王は、そのような事をしていないため、獣王は何らかのパワーアップを遂げたと言われているが……。冥王の口振りから、冥王が獣王に渡した武具がその一因だということが明らかになった。

 しかし、ローズの関心はそこではないようだ。


 --本当にタダモノじゃあないですねえ。


 ローズの言っていることは、城壁が崩れ去る様子を表現していると言えなくもないのだが、言い方一つでここまで印象が変わることに冥王は驚きを禁じ得ない。


「じゃあ、どうするのですか?」


 シンは疑問を口にする。

『単騎で戦える魔法職』の意味をシンは大賢者クラスと受け止めている。落ちこぼれが集められるZクラスで人類の最高レベルである大賢者を養成すると言っているように思える。

 かと思えば、『人には向き不向きがある』と言う。どちらなのか、どうすべきか分からなくなる。


「ホホホ。ワタシの戦い方を解説して、皆さんに取り入れられるところを取り入れるというところですねえ」


 冥王の戦い方! 人類の敵の戦い方を身につけるということを人類に対する背信行為とみる者もいるのではないか……。いや、たとえそうであっても強くなりたいとシンは思う。


「アンタの戦い方? そんなもの、邪道に決まってる……」


 サラの見方は人類の普通の見方だ。先の大戦で冥王により、戦略面で人類は苦渋を飲まれてきたのだ。故に人類の中では冥王を忌み嫌う者が多い。


「ホホホ。大賢者の戦い方でもあるのですよ?」


「え? 先生の?」


 ジェイドは驚く。昨年のZクラス担任の大賢者ゼニスとは、卒業式前の魔王軍襲撃の際に共に戦ったが、『大賢者の戦い方』を理解するような余裕はなかった。


「ホホホ。ワタシと大賢者は魔法職の最高レベルなのですよ?そして、何度も何度も戦いました。そうすると、知らず知らずのうちに似たようなものになっていくんですよねえ」


「確かに。」


 マグシスはうなずく。大賢者と冥王が魔法職の最高レベルにあることを否定する者はいない。そして、大賢者と冥王の幾度にもわたる一騎打ちは子供でも知っている話でもある。


「ホホホ。ワタシや大賢者は戦闘中、同時にいくつの魔法を使っているか、ご存知ですか?」


「同時に……ですか?」


 ここでイリスは、大賢者がどのように戦っていたかということについて知らないことに気づく。大賢者ゼニスなら、どんな逆境でも弾き返すというイメージが先行して、どのように弾き返していたかという点については考えていなかったのだ。


「ホホホ。大賢者の戦いは人間の間でも有名ですが、その中で大賢者が空を飛びながら戦場を駆け回っていたのをご存知ないですか?」


「……あれは魔法なの?」


 アーシェが聞き返す。大賢者ゼニスなら、空を飛んでも、たとえ瞬間移動したとしても、『大賢者様だから』で不思議に思っていなかったからだ。


「ホホホ。飛翔魔法ですよ。飛翔魔法を使いながら攻撃魔法を使っているのですよ」


「大賢者様が空を飛ぶのは当たり前だと思っていたから、魔法だと思っていなかったデュフ」


 飛翔魔法は、ただ浮かぶだけの浮遊魔法より段階が上の高等魔法だ。大賢者についての伝承、物語で特に断りなく空を飛んでいたので、魔法とは思っていなかった。


「腐腐腐。そう言えば、大賢者さまは敵の的になっていたのでは? 腐腐腐……大賢者×モブ敵……いえ、モブ敵×大賢者というべきね! ……腐腐っ」


 ローズの妄想は通報レベルに達している。


「君、大賢者様に対して失礼すぎ……」


 シンはローズに苦言を呈する。人類の英雄たる大賢者に対する不敬は冗談では済まされないが…ローズは気にしていないようだ。


「ホホホ。このため、索敵魔法で周囲を警戒するのと、防御結界で万が一に備えていましたねえ」


 冥王が答える。簡単なことのように言うが普通の人間に可能なものとは思えない。


「そしたら、飛翔魔法、攻撃魔法、索敵魔法、防御結界……4つも使っていたの?マジ無理……」


 冥王に疑いを持つサラであったが、大賢者であれば、このくらいはやってのけるだろうと思い始めている。


「ホホホ。まだありますねえ。攻撃魔法を使いながら、お互いに罠をかけ合っていたので5つですねえ」


「わ、罠なんて……だ、大賢者様のイメージが……」


 ジェイドが驚く。『人類のために戦った気高い大賢者』のイメージをなんだかんだで持っているのだ。


「まあ、あのじーさんと思えば納得かも……」

 マグシスは、自分が接してきた『居眠りじーさん』を思い出し納得している。


「ヒョヒョヒョ。何を驚いている! 驚くのはこれからだ! 冥王様の偉大さに恐れ慄くがいい!」

 ガイコツが高らかに宣言する。


「ホホホ。そうですねえ。ワタシは攻撃魔法を同時に二つ使えるので6つですね」

 冥王が驚愕の事実を告げる。冥王は大賢者よりも上だと言うのだ。これは、人類の共通認識である『大賢者様は全てにおいて冥王よりも上』に反している。


「え? 6つ?」

 イリスは自分の耳を疑う。5つ同時であるだけでも人智を超えているが、大賢者ゼニスならばそうであることに納得できる。

 しかし、その大賢者に先の大戦で敗北を喫した冥王がその上を行くというのは信じられるものではなかった。


「ホホホ。見せて差し上げましょう」

 冥王の左手に魔力が集まる。


「右手にさっきの黒い炎、左手に黒い風が渦巻いてる……」

 アーシェはこの黒い炎と風を自分にも操れるような気がした。


「ボクなんて一つも使えないのに……」

 ベルは自分がここにいていいのか疑問に思う。落ちこぼれの掃き溜めであったZクラスは、魔法職の養成課程に変わるのではないか。これから、適性のない者への退学勧奨が始まるのではないかと思ってしまう。


「腐腐腐……。黒炎×黒風……『お前を焼き尽くしてる〜』『そんなことさせない!おりゃあ〜!』『はっはっは!風でますます燃え上がるぞー』……」


 ローズは、黒炎と黒風の『ぎじんか』か、それともそのままがいいか思考を巡らせる。

 両方とも需要がありそうなので、誰かにイラスト起こしをして欲しいと考える。

 ローズは『書き手』であっても『描き手』としては未熟なのだ。


 --気にしたら負けなのでしょうかねえ?


 まさか冥王たる自分の理解の外にある思考に出会うとは、流石の冥王も思わなかった。

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