第4話 天才と化物
祖国の英雄を称える銅像を中心に美しいレンガで彩られた円形の広場には、あちこちの露店から漂う美味しそうな匂いが溢れ、音楽やダンスを披露する人達とそれを囲む客達とで大変な賑わいが溢れていた。
「名前はアッシュ! 15歳! ジャラント自治区から来たアッシュ・ヘイワードだ!」
その中の一角、空へと伸びるカラフルなバルーンに囲まれた小さなテントの下から大きな声が響き渡った。
「――
簡易的な長机の向こうに座る3人の試験官は、胸を張る赤い髪の少年を『ふむ』と見つめて。
「ジャラント自治区か……なるほど。故郷のためにも頑張ってほしいね。じゃあ、やり方は分かるかな? 魔力でも
言われてアッシュが試験官が親指で指した方を見ると、判定用のランプが置かれた彼らの机の後ろに大層な魔法陣と紋様が描かれた壁が何枚か並んでいるのが見えた。
「大丈夫なのですよー! 頑張るのですアッシュ君〜!」
ぐっと気合を入れる赤髪の斜め後ろ、隣のテントの列に並ぶスノウと手をつないだクリンちゃんがぴょこぴょこと飛び跳ねながら声援を飛ばしてくれていた。
そちらに向かってニカッと笑って親指を立てたアッシュは、当然の様に必要以上に大きな声で。
「おう! 任せとけ! クリンちゃん!」
そうしてすたすたと壁へと歩み寄ると、紫色に鈍く光る魔石の前で軽く足を前後に開き、半身になって、真っすぐに左手を伸ばし。
「……すぅ」
少年が息を大きく吸うと、手首につけていた腕輪の石がぼうっと輝きだす。その輝きはすぐに魔力の渦となり、アッシュの腕から体へと脈を打つように駆け巡りだした。
「……ほー。なかなかこれは――」
そして、赤から橙、更には緑から藍色へと見る間に変わっていく判定ランプを見つめていた審査員がその場の全ての者の感想を代弁するように呟いた台詞が終わる前に。
「だっ!」
気合とともに少年が踏みなおした足元から別の波が沸き上がり、それがもう一つの渦とぶつかり合った瞬間、周囲にドンッと音が聞こえるほどの爆発的な力が溢れ出して。
「……んなっ!?」
「いっくぜー!」
掛け声とともにさらに大きく膨れ上がった赤い光が、アッシュの右の拳に収束して――『待て待て待てっ!』と審査員が席を立とうとするのと同時。
ボガンッ!!!!
と巨大な音を立てたテントの方を、広場のあちこちで様子を伺っていた本戦参加者達が振り向いた。
「よし! どうだった!?」
騒然とする人々の中を爽やかな笑顔で振り向いたアッシュの視線の先、長机の下に避難していた審査員たちはため息とともに立ち上がり『……加減というものを知らんのか、君は』なんて三者三様の感情を吐き出して。
「……だがまあ、合格だよ」
「よっしゃー!」
苦笑を浮かべる審査員の前で喜びを爆発させた少年の声が、広場のざわめきをかき消すように響き渡った。
「はわわわー。アッシュ君はすごいのです! これはクリンちゃんの好感度も爆上がりなのです」
審査用の壁に大穴を開けるほどの一撃を見舞った仲間の姿に、つぶらな瞳を輝かせたクリンが帽子の下の金髪をぴょこぴょこと振りながらスノウの顔を見上げてきて。
「えへへー、次はスノウ君のターンなのですよー」
「……?」
ムギュっと少年の腕に抱きついた三角帽子の魔幼女は、小さな身体に似つかわしくない体幹で、未だ唖然としている待機列をすり抜けるようにスノウの身体を押し込むと。
「えへえへえへへ〜。さあスノウ君、親友であり恋敵でもあるアッシュ君に傾きかけたクリンちゃんのハートを取り戻せなのです!」
「えっ?」
ぽいっと白銀色の髪を審査員の前に突き出すと、すてててーと逃げるようにその場を離れていく。
「……ん? ああ、次は君か。では軽く自己紹介をしてもらって、壁に挑んでもらう流れで」
ペンの先でごま塩頭を掻くベテラン審査員の言葉に、スノウはぱちくりとまばたきをして。
「あ、ええと……名前は、スノウ。師匠にはそう呼ばれてます。クレイ共和国の隅っこの山に師匠と住んでいて、それで――」
言葉の途中でここに来た目的を思い出したスノウは、胸元から一枚の写真を取り出した。そして、不意に近づいてきた受験者に警戒心を示した審査員たちの前にそっと写真を置きながら。
「『この写真が何だか分かりますか?』」
釣られるように少年の手元を覗き込んだ大人達は、それぞれに困惑の表情を浮かべながら。
「なにって……人かな? 神経質そうな男に見える」「金持ちっぽいな。これはかなりいい服だ」などと、思い思いの感想を口にする彼らの顔をさっと見回したスノウは、写真を再びしまいながら。
「ありがとうございます」
と、軽く頭を下げて。『もしかして王宮の人じゃないのかもしれない』と心の中で思いながら、仏頂面のおじさんに促されるまま壁の方へと歩み出て。
「…………ええと……」
アッシュがやったのと同じ様に構えてみたものの、何をどうしたらいいのかが分からずにポリポリと頬をかいてクリンちゃんを振り返った。
が、クリンはワクワクした顔でこちらを見つめるばかりで、何か魔法をかけてくれる様な気配はなく。
「……ええと……あの、これは……どうすれば?」
次に振り向いた審査員たちは、微かに赤色に輝くランプを横目で見ながら。
「いえ、もう結構です。たとえ発動はできなくても、そうやって手をかざすだけで潜在能力は分かるものなので」
3人のうち比較的若い女性が告げた終了宣告に『師匠の名前は? なんていうんだ?』と言うおじさんの問いがかぶさって。
「『ヤマト』です」
と素直に答えたスノウの目を、彼らは少し驚いたように見つめ返し、内輪で視線を交わし合うと。
「ヤマトってのは、『狂剣』ヤマトのことか? クレイ共和国って言ったか? 本当にあの化物が近くにいると?」
口にした言葉の苦さで眉間のシワを深くしたおじさんに、スノウは逡巡。それから真横に首を振り。
「いえ、武神です。酔っぱらうといつも『俺は武神だ』と言っていました」
その答えを聞くと、おじさんは大きくうなずいて。
「……わかった。お前はとりあえず合格だ。本試験の日程はこちらから連絡をするから、係の人間に泊まっている場所を教えてくれ。それと、連絡があるまでは勝手にこの街を出ないように」
厳しい口調で告げたおじさんと視線を交わした女性が、すうっとスノウの横に立ち。
「こっちよ。向こうで本戦出場の手続きをしましょう」
と言って、有無を言わさず少年を壁の奥へと連れて行った。
「はわわっ? ちょ、ちょっと待つのですよー! クリンのお友達をどちらも連れて行ってはめっなのですー」
と、慌ててスノウたちを追いかけて行った金髪の魔法使いにちらりと視線を走らせたおじさん審査員は。
「……あれ? 今の可愛い子は通して良いんですか?」
と聞いてきた年若い男の目もみずに
「……ん? ああ、あの子は良いんだ。確か一週間程前に合格してるからな」
眉間の皺を深くしたまま、ペンの先を噛じるように呟いた。
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