第3話 『豪剣』
「うおお! ここがドレイモンド帝国かー! わはは見ろよスノウ! 強そうなやつばっかしだな!」
バスを降りてからしばらく歩いたあたり、高く上った太陽によって濃いめに影を焼き付けられた建物と様々な人種が溢れる大通りの中へと飛び込んでいった赤髪のアッシュが、三角帽子の背中に大きな杖を背負った魔幼女の手を引いていたスノウを振り返る。
「ああ、そうだね」
それに短く答えた銀白色の髪をした少年は、ちらりと。
「ふっふっふ、大丈夫なのですよー。クリンが思うにアッシュ君達のライバルになりそうな人なんていないのですよー!」
「ははは、そっか! さすがクリンちゃんはわかってるな!」
人ごみにもお構いなしに大きな声でアッシュと話をしている金色の巻毛を見下ろして。
「クリン、君はこの辺りの事情に詳しいのかい?」
と、その幅広のつばの下を覗き込んだ。すると彼女は水菓子のように柔らかなほっぺたをほのかに赤らめて。
「わわわー、は、ハイなのです。クリンちゃんは頭脳派なので、あらかじめ沢山の知識と情報を集めて来たのですよー」
「そうか。すごいんだな、クリンは」
「えへへー実はそうなのです。スノウ君に褒めてもらえて嬉しいのです。えへへー」
帽子の端を握りしめ金色の髪をうねうねさせて照れる黒マントの魔法使いを見つめたスノウは、お祭り騒ぎで華やぐ街並みのむこうに見える一際大きな建物を指さしながら。
「あれが王宮?」
と物知り魔女に尋ねてみた。すると。
「えへへー、はいなのです」
と可愛らしく頷く魔女っ子の帽子の上から。
「そうだぜスノウ! あれが俺達が目指すドレイモンドの王宮だ! シエラに選ばれたら、あそこで任命式典をやるんだぜ!」
憧れや喜びや興奮を表すような大声と仕草で叫ぶ赤い髪の少年が拳を突き上げる。
「よーし、早速行くぞ! スノウ、クリンちゃん! 試験の受付まで競争だ!!」
言うが早いか人混みの中を猛然と走り出した少年の姿を、街行く人たちは呆れたような目で見たり、微笑ましく見つめたりなどをしていて。
「ふええー、待つのですー。クリンを置いて行かないでくださいなのですー。はうっ!」
とてとてと走り出した途端に己のコートの裾を踏んづけて転んでしまったクリンちゃんを慌てて助け起こしに集まってくる老若男女の姿を眺めていた白銀頭の少年は、ポケットから取出した写真の中の高価な服を身にまとう気難しそうな男と、空で眩しく輝く太陽の形と、遠くの王宮とを順番に見つめ。
「……試験、か」
と呟いて、クリンに見せてみようかと思った写真をポケットに捩じ込んだ。
その頃。
世界でも3本の指に数えられるマフィアの敷地に、多数の捜査隊員が足を踏み入れていた。
「……戦争だな、まるで」
神殿や城を思わせるほど豪華で巨大な庭園。その真ん中にある噴水には黒焦げのバスが突っ込んでいて、力なく湧き出る水の中には銃を持った2つの遺体があった。それ以外にも、大量の重火器で襲撃されたと見られる屋敷の周囲には、目の前の死体と同じ装備をつけた血まみれの肉体があちこちに転がっていた。
「いやはやひどいものですなあ、ラッシュ様。敵はおそらくあのバスで突っ込んできて、ここで迎撃しようとした二人を跳ね飛ばし、降りたと同時にとどめのドン! そして一斉に走り出した連中が一気に屋敷の周りを制圧する。いやあ、いくらマガト家のガードマンと言っても、突然ランチャーやら魔導砲まで持ち出されたらどうしようもないってところでしょうな」
屋敷のあちこちへと散らばった捜査隊の中でも位の高い中年の男が、ごまをすりすりしながら、大剣を背負った隣の男に捜査状況を説明する。
その甲高い声を聴きながらバスの正面を眺め、再び水の中に転がった死体に目を凝らした巨躯の剣士は、ふむ、とうなずいて。
「……いや、違う。車両の爆発でかなり損傷しているが、喉を切られた跡がある。彼らは撃たれて死んだのではなく、バスが来るより前に殺されて噴水に放り込まれたのだ。そして後続部隊がバスを突っ込ませ、爆発で敵の注意を引き付けて――」
焦げた死体の傷やその他の死体の位置などを見回しながら呟いたラッシュは、噴水の向こうに見える屋敷の正面玄関に目をやって、イメージする。――息をもつかせぬ間に二人の警備兵の命を奪った人間が、身をひるがえしてまっすぐに玄関へ向かって走るのを――そして、そいつは次に……。
白髪混じりの男の頭の中でイメージが形になりかけた時、ごますり男が大げさな声を響かせた。
「はぁ~んなるほどー! さすがは国際捜査機構が誇る伝説の
自警団の幹部のへつらう笑みに、国際捜査官ラッシュは微かに首を振って苦笑した。マガティーノ自警団とは、観光客同士のもめ事を取り締まるためにマガトファミリーが作った組織だ。主がどこで何をしようと逮捕などはできないし、指示と褒美を与える飼い主がいなくなってしまえばまともな捜査など行うはずもない。
「……私に取り入ったところで、国際捜査機構への再就職は望めないぞ」
「へっへっへー、まさかそんなめっそうもない。いやはやしかし、国際捜査機構の、しかも『豪剣』と名高いラッシュさんがこんなに早く来てくださるなんて。ドレイモンドでやるっていう試験の警備かなにかですか?」
「……どうだろうな」
無言で背を向けた豪剣の後ろで、腹に一物ありそうな笑顔の男は大げさにポンと手を打った。
「ああ~そういえば! 数日前に『豪剣ジェイソン・ラッシュの娘』がシエラの予備試験を突破したって噂になっていましたねぇ。ひょっとして娘さんの応援ですかい? へっへっへ、何でも申し付けください。お嬢様の警護も密かなご協力も見事にやってのけますよ。なにしろラッシュさんのお嬢さんならわたくし共の娘も同然――っ……」
男が並べたてた調子のいい言葉を、歴戦のシエラの一睨みが叩き落とす。
「黙れ。貴様と我が娘には何の関係もない」
「あいや、ははは。これは出過ぎた真似を……」
相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべる自警団の責任者にラッシュ捜査官が呆れていると、崩れかけた屋敷の中から現れた部下が、まるで醒めない悪夢を振り払おうとするかのように首を振りながら歩み寄ってきた。
「……そんなにひどいのか、ベネッタ?」
「『惨殺』ですね。どうか悪魔の仕業であってほしいと願う位には、残酷で……むごい殺し方です」
ため息をこぼした彼女に先導され屋敷の中へと歩き出したラッシュの背中で、ボスを皆殺しにされた男が喋りだす。
「――かなり内輪の集いらしいですからね。集まってたのは近親の一族とその連れの20〜30人くらいかと。なんでも最近は次の当主を誰にするのかでかなり揉めてるって話なんかも」
社交場と思われる広い部屋の中、目に入るのは足元に敷かれた絨毯を真っ赤に染める血溜まりと、その中に浮かぶグラスの欠片と食物の類。そしてそれらがあるはずだったテーブルの上に無造作に積み上げられている人体だったパーツの山。
「……何人死んだのかを調べるだけで、専門のチームが必要と思われます」
とても人の仕業とは思えぬ地獄の光景の前で足を止めた女性捜査官は、考え込む上司の脇でペラペラとよく喋る男を振り向いて。
「跡取り争いにしてはやりすぎに思えますね。他のマフィアとトラブルはありませんでしたか?」
「ははは。目立った衝突はありませんがね、悪者だけじゃあなく、あんた達みたいな組織ともずっと火種はくすぶってる。いつ何が起きたっておかしかあない世界ですよ」
訳知り顔でおどける中年に肩をすくめた彼女は、バラバラにされた肉片をじっと見つめるラッシュの唇がかすかに『……ヤマト』と動いたのを見逃さなかった。
「それで、私達は何から手を付けましょうか、ラッシュ捜査官?」
やや含みのある言い方をした優秀な部下の問い掛けに、豪剣はゆっくりと頷くと。
「崖の上にバス停があったな。運営会社に連絡して、異変がなかったか調べてくれ」
「了解です。で、ラッシュさんはどちらへ?」
「……少し、心当たりがあるんだ。こういう事が出来る人間にな」
そう呟いた伝説の討伐者は、くるりと大きな背中を翻し、惨劇の広間を後にした。
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