第9話 新人類
「それにしても、協田さんて何でもできるんですね。ほんと羨ましいです」
最近、仕込みを外れてライン作業に回っている協田に、レオは尊敬の眼差しを向けた。
「そうか? 自分では、そんな自覚はまったくないんだけどな」
「中箱やダンボールを組み立てる作業はもちろん、女性しかやらないようなパレットナイフでクリームをサンドしたり、クリーム絞り器でケーキにデコレーションしたりしてるでしょ? ほんと、幅広いですよね」
「まあ、俺は小さい頃から手先が器用だったからな。その辺の女性よりは、うまくできる自信はあるかな」
「私なんて不器用だから、あんな作業は到底無理ですね」
「レオは手が大きくて指も太いから、繊細な作業ができないのは仕方ないさ。その代わり並外れたパワーがあるから、箱詰めされたダンボール箱をパレットに積んでいく作業は、他の誰よりも速いじゃないか」
「そうですね。なので、私にはほとんどその作業しか回ってきません。はははっ!」
「得意なものを一つ持っているくらいが、ちょうどいいんだよ。得意なものがあり過ぎると、俺みたいな器用貧乏になってしまうからな」
「器用貧乏って何ですか?」
「なまじ器用であるが故に、いろんなことに手を出し過ぎて、どれもうまくいかない人のことさ」
「なるほど。確かにいろんな才能を持っていると、一つに絞るのは難しいでしょうね」
「ああ。俺は今でこそ小説や脚本を書くことに絞ってるけど、昔はプロ野球選手とか美容師に憧れてた時期もあったんだ」
「協田さんって、野球やってたんですか?」
「ああ。中学までは本気で打ち込んでたんだけど、高校に入ってすぐ肩を壊してしまってな。手術して痛みはなくなったんだけど、それから自分の納得できる球が投げられなくなって辞めたんだ」
「そうだったんですか。それで、その後美容師を目指したんですか?」
「いや。冷静に考えてみると、もし俺が美容師になったら、女性客が俺に集中して、他の従業員が嫉妬すると思って、早々にあきらめたんだ」
「確かに、その可能性は十分ありますが、それを自分の口から言うとは、やはり協田さんはいけ好かない人ですね」
「えっ! なんで、そうなるんだ?」
「自分がモテることを、さりげなく自慢してるのが鼻につくんですよ」
「鼻につくって……レオ、お前時々難しい言葉使うよな」
「前も言いましたけど、私は日本に来る前に、日本語を死ぬほど勉強したんです。なので、その辺の日本人より、日本語に詳しい自信があります」
「じゃあ、俺も前に言ったことをまた言わせてもらうけど、軽く言ったつもりでも相手が傷つくこともあるから、その言葉の意味をよく考えてから使った方がいいと思うぞ」
「分かりました。じゃあ今の言葉は、協田さん以外には使わないようにします」
「……それも、ちょっと引っ掛かるんだけどな。まあ、いいか」
翌日、レオがいつものように箱詰めされたダンボール箱をパレットに積んでいると、隣のラインで同じく積み込み作業をしていた派遣社員の坂本敏行が、まるでレオと張り合うかのように、猛スピードで作業をこなしていた。
「坂本さん、そんなスピードでやってると、バテて最後まで持たなくなりますよ」
見かねたレオがアドバイスすると、坂本は「俺は別に無理してるつもりはない。普通に作業をこなしてるだけだ」と、一歩も譲らなかった。
一方、三本目のラインで積み込み作業をしていた派遣社員の木戸浩二は、二人とは逆にゆっくりした動きで作業していたため、そのラインはまったく余裕がなく、ギリギリの状態だった。
「木戸君、もっと速く動けないの?」
それを見ていた井上が訊くと、木戸は「せかせかしてケガしてもいけないから、このくらいの動きが丁度いいんですよ」と、堂々と言ってのけた。
──木戸のやつ、井上さんにそんな言い訳が通じるわけないじゃないか。
レオが心の中でそう思っていると、井上の口から耳を疑うような言葉が飛び出した。
「じゃあ、仕方ないわね。レオ、あんた余裕があるんだから、木戸君を手伝ってあげなさい」
「えっ! なんで私がそこまでやらないといけないんですか?」
「木戸君は、パレット積みの作業は今日が初めてだから、まだスピードに追い付けないのよ。だから、今日はあんたが手伝ってあげて」
「いや、いや。私は最初からちゃんと一人でやりましたよ。井上さん、ちょっと彼を甘やかし過ぎじゃありませんか?」
「俺もそう思います。彼が二十歳そこそこの若者だからといって、ひいきするのはやめてください」
レオと坂本の抗議に、井上は「あなたたちみたいな30過ぎのおじさんより、入りたての若者をひいきするのは当然のことでしょ?」と、悪びれもせず言ってのけた。
「何だって! 井上さん、それが人の上に立つ者の言葉ですか!」
「そうだ! 今の言葉は到底容認できない。すぐに撤回してください!」
二人のあまりの剣幕ぶりに居たたまれなくなったのか、「まあ、まあ。二人とも、僕のためにそんなに熱くならないでください」と、木戸が横から口を挟んできた。
「まあ、まあじゃない! そもそも、君が普通に作業をこなしていたら、俺たちもこんなに熱くならないで済んだんだ!」
レオが一気に捲し立てると、木戸が「一生懸命働こうが、手を抜こうが、どうせもらえる賃金は一緒でしょ?」と予想外の反論をしたため、レオはそれ以上何も言うことができなかった。
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