第10話 ハケンの品欠くレオ

 休日、レオはマッチングアプリで知り合った女性と会うため、カフェで待っていた。


「初めまして。佐藤礼子です」


 やって来たのは、レオと同じ33歳の人妻だった。


「初めまして。レオ・フェルナンデスです。早速ですが、今からホテルに行きましょう」


「えっ! さすがにそれは早急過ぎません?」


「でも、お互い目的はそれなんだから、早い方がいいでしょ? ここに長くいて、もし知り合いに見られたらまずいし」


「確かにそうですけど、せっかくここに来たんだから、なにか注文しないと、お店に対して失礼でしょ?」


「それもそうですね。では、何を注文されますか?」


「じゃあ、オレンジジュースで」


「分かりました。すみませーん! ちょっと注文したいんですけど」


 レオは大声で店員を呼び、オレンジジュースとコーヒーを注文した。


「ところで、レオさんて結婚なさってるんですよね。お子さんはいらっしゃるんですか?」


「はい。5歳になる娘がいます」


「ああ。ちょうど、かわいい盛りですね。私も7歳の息子がいるんですけど、ほんとかわいくて仕方ないです」


「そうなんですか。ところで、旦那さんはどんな人なんですか?」


「旦那は家庭をいっさい顧みない、典型的な仕事人間です。休日の今日も、朝から接待ゴルフに出掛けていて、家族と過ごそうとなんて、これっぽっちも考えてないんです」


「なるほど。確かに、日本の男性はそういう人が多いですね。じゃあ、あっちの方も、ご無沙汰なんですか?」


「ええ。もう何年もそういうことはしていません」


「ということは、今欲求不満なんですか?」


「レオさん、さっきから言いにくいことを、ズバズバ訊いてきますね」


「すみません。もう頭の中がそれ一色で、他のことがまるで考えられないんですよ」


「ふふふ。やっぱり日本人と違って、外国の方は正直ですね」


「ええ。ちなみに、私のアソコは既にビンビンになっています」


 そう言うと、レオは自らの下半身をズボンの上から礼子に見せた。


「まあ! これは立派なこと! 後が楽しみだわ」


「ふふふ。後で思う存分、可愛がってあげます」


 二人で盛り上がっていると、急にレオの背後から声が聞こえて来た。


「あっ! パパだ! ねえ、ママ。パパが知らない女の人と一緒にいるよ」


 聞き覚えのある声に、レオが恐る恐る振り向くと、そこには鬼のような形相をした妻の由美と、不安顔の娘の亜里沙がいた。


「いや、違うんだ。これには深いわけがあってさ」


 まったく深くなどないのだが、動揺したレオはついそう口走ってしまった。


「ふーん。じゃあ、その深いわけとやらを聞かせてもらおうかしら」


 恐い顔をキープしたまま冷静な口調で訊く由美に、レオは「この人は、同じ職場で働いている佐藤礼子という人で、今日は仕事のことで相談を受けてただけなんだ」と、咄嗟に嘘をついた。


「へえー。ちなみに、その相談というのは、どんな内容なの?」


「職場の上司に誰かれ構わずセクハラする奴がいてさ。佐藤さんはそいつに飲みに誘われていて、それをどうやって断ればいいか悩んでるんだ」


「そうなんだ。で、あなたはその悩みに、どう答えたの?」


「……えっと、一応職場の上司なんで、突き放すような言い方じゃなく、ソフトな感じで断ればいいって言ったんだ」


「ふーん。でも、それって、ちょっと曖昧だよね。どうせなら、もっと具体的な対処法を教えてあげなさいよ」


「…………」


 あくまでも冷静な口調で詰め寄る由美に、レオは何も答えることができず黙り込んでしまった。


「あのう、私たちのことを疑ってるみたいですけど、レオさんが今言ったことは本当なんです」


 居たたまれなくなったのか、礼子がレオの嘘話に乗っかってきた。


「そうですか。でも、この人に相談してもまったく意味ないですよ。だって、この人も、その上司と大差ないんだから」


「えっ! それはどういう意味ですか?」


「この人はブラジルにいた頃から、しょっちゅう浮気してたし、日本に来てからも、その癖は全然直ってないから」


「由美、子供の前で、そういう話はやめろよ」


「心配しなくても、あなたの浮気癖が直らないのは、この子も知ってるわよ。だから、そんな見え透いた噓言ってないで、さっさと白状しちゃいなさいよ」


 子供を巻き込んで追い込む由美に、レオは「俺のアソコはビッグボスなんだよ! だから、俺自身も止められないんだ!」と、訳の分からない言葉を発しながら、そのまま店を飛び出していった。


 残された三人は、そんなレオを憐れむような目で見送っていた。 



 


 

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