第7話 自分だけアメをもらえないレオ

「またあの二人ですか。ほんと、いい加減にしてもらいたいですよね」


 帰りのバスの中で、レオはイラ立ちを隠せないでいた。


「もう一台のバスはとっくに出発したというのに、あの人のせいでまた帰るのが遅くなりますよ」


 送迎バスの同乗者、菅田京子は仕事後たばこを吸うため、いつもバスに乗るのが最後になる。


「まあ、いいじゃないか。遅くなると言っても五分やそこらだろ? 俺も昔たばこを吸ってたから分かるけど、仕事の後の一服は格別にうまいんだよな」


 協田は遠い目をしながら、しみじみと言った。


「でも、いつもこんなに人を待たせてたら、普通は申し訳ない気持ちになるものだけど、あの二人からそんな様子は微塵も感じませんよ」


「そうか? 俺はいつも彼女からアメをもらってるけどな」


「ええっ! そんなもの、私は一度ももらったことないですよ」


「そうなのか? まあ、それはいいとして、彼女なりに待たせて申し訳ないと思ってるんじゃないかな」


「それなら、協田さんだけでなく、全員にアメを配るべきですよ」


「アメを嫌いな人だっているかもしれないだろ?」


「そういう人には、何か別のものを配ればいいんですよ。とにかく、協田さんにだけ配るのは納得がいかないです」


「そう言われても困るんだけどな。別に俺がくれって頼んだわけじゃないし」


「じゃあ、協田さんの口から、『俺だけじゃなくて、みんなにも配った方がいいんじゃないか』って言ってくださいよ。協田さんが言えば、あの人もきっとその通りにしますよ」


「なんか面倒なことになったな。というか、そんなにアメが欲しいのなら、俺のを分けてやろうか?」


「そういうことを言ってるのではなく、気持ちの問題ですよ。あの人からアメをもらうことによって、こっちの気も少しは晴れると思うので」


「そこまで言うんなら一応言ってみるけど、あまり期待はするなよ」


「大丈夫です。協田さんのモテ力は半端ないですから」






 翌日の帰り、いつものようにみんなを待たせた菅田京子は、バスに乗り込むなりアメをみんなに配り始めた。


「おおっ! やはり、協田さんの力は絶大ですね!」


 レオはその光景を見るなり、感嘆の声を上げた。


「昨日レオに言われたことをそのまま言ったら、彼女は快く承諾してくれたよ」


「さすがですね。改めて協田さんの凄さを再認識できて、私は今猛烈に感動しています」


 やがて京子が近づくと、レオは今までのことは忘れ、笑顔で彼女を迎え入れようとした。

 しかし、京子はそんなレオを見向きもせず、素通りしてしまった。


──あれ? これは一体どういうことだろう。


 訳が分からず固まるレオを尻目に、京子は配り終えると、さっさと席に座ってしまった。




 翌朝、レオは工場に着くなり、京子を問いただした。


「昨日、なんで私にだけアメを配らなかったんですか?」


「あんた、おととい協田さんに余計なこと吹き込んだでしょ? そのせいで、こっちは出費がかさんで大変なんだからね。それに、協田さんを使って、私からアメをせびろうなんて、考えがセコ過ぎるのよ」


「ふーん。人を待たせても平気なだけあって、やはりあなたは根性が腐ってますね。早速このことを協田さんに言いつけてやります」


「ちょっと! これ以上、協田さんに余計なこと言ったら、あんたなんか村八分にしてやるから!」


「村八分って、なんですか?」


「仲間外れってことよ。というか、ほとんどの女性は、既にあんたのことを嫌ってるけどね」


「なんで私が嫌われてるんですか?」


「あんたは軽過ぎるのよ。妻子持ちのくせに、いつもいろんな女性に話し掛けてるじゃない」


「私の故郷では、たとえ妻子持ちでも、女性に話し掛けるのは当たり前のことですよ」


「ここはブラジルじゃなくて日本なのよ。『郷に入っては郷に従え』ってことわざ知らないの?」


「そのことわざって、どういう意味ですか?」


「そんなの面倒だから、いちいち説明しないわよ。とにかく、あんたは余計な事は言わず、大人しくしてればいいのよ。さっきも言ったけど、もし協田さんにチクったりしたら、マジで村八分にしてやるから」


 京子は強烈な捨て台詞を吐くと、足早にレオの前から消えていった。

 一人残されたレオは、先程彼女から聞いたほとんどの女性が自分のことを嫌っているという事実より、この先も彼女からアメをもらえないことにショックを受けていた。


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