第6話 堀江親子と中村親子

 この作業場には二組の親子がいる。

 そのうちの一組が堀江親子。

 先月入社した母親と娘のこの親子は、顔立ちや性格がまるっきり違っていた。

 勝気で口うるさい母親の順子に対し、娘の美咲はのんびり屋だ。


「順子さん、このままだと後ろの人が追われるので、もう少しトッピングのスピードを上げてもらえませんか?」


「私はちゃんとやってますよ。変な言いがかりをつけないでください」


 同じ派遣社員に注意された時に、順子がこのような返しをしたのに対し、美咲は同じようなシチュエーションの時に、「すみません。私は性格も動作ものんびりしてるので、これ以上速く動くことはできないんです」と、変な言い訳をしていた。


 一方、もう一組の中村親子は、父親の三郎と娘の理恵の顔がそっくりであるにもかかわらず、二人は親子であることを秘密にしていた。


「ねえ理恵ちゃん、三郎さんとよく似てるけど、本当に親子じゃないの?」


「そうなんですよ。名字が一緒で顔も似てるから、みんなにそう言われるんですけど、ただの偶然なんです」


「なあ三郎さん、理恵ちゃんと顔立ちがそっくりだけど、本当に親子じゃないのか?」


「ああ。名字が一緒で、顔が似てるってだけで、血の繋がりはまったくないんだよ」


 と、人に訊かれると、二人はこのようにはぐらかしていたが、従業員たちは皆この二人が親子であることを確信していた。


 そんなある日、この四人がたまたま近くで作業することになったのだが、そこでちょっとした揉め事が起こった。

 動作がとろい美咲を三郎がきつい口調で注意すると、それに怒った順子が三郎に突っかかったのだ。


「動作はとろいけど、この子なりに一生懸命やってるので、そんな言い方しないでもらえますか」


「ここはライン作業だから、一人が遅れるとみんなに迷惑が掛かるんだよ。その子はここでの仕事に向いてないから、どこか別の仕事を探した方がいいんじゃないのか?」


「そんなこと簡単に言わないでよ! 今の状況ですぐに仕事なんか見つからないんだから」


「俺は正論を言ってるだけなのに逆ギレするなよ! これだから女は嫌なんだよ」


 騒ぎを聞いて、井上が逸早く駆け付けた。


「どうしたんですか、そんな大きな声出して」


「井上さん、聞いてください。三郎さんが、娘に対して暴言を吐いたんです」


「俺は暴言なんて吐いてない。みんなが思っていることを代弁しただけだ」


「今は仕事中だから、二人とも一旦落ち着きましょう。美咲さんが遅れる分は、みんなでフォローすればいいから」


 井上が二人をたしなめたことで騒ぎは一旦収まったが、美咲をフォローすることに疲れた三郎が再び騒ぎ始めた。


「なんで俺が人の作業まで手伝わないといけないんだよ! もう、こんなこと、やってられねえよ!」


「ダメよ、お父さん。さっき順子さんが言ってたように、簡単に仕事なんて見つからないんだから。というか、それは自分でもよく分かってるはずでしょ?」


「お父さん? 理恵さん、あなた今、三郎さんのことをお父さんて呼んだでしょ?」


 順子のツッコミに、理恵は慌てた素振りを見せながら、「えっ! 私、そんなこと言ってませんよ!」と、全力で否定した。


「ごまかしてもダメよ。今この耳ではっきりと聞いたんだから」


 なおも食い下がる順子に、三郎は観念したように「あんたの言う通り、確かに俺たちは親子だよ。俺たちはある事情があって、親子であることを公表してないんだ」と打ち明けた。


「ある事情って何よ」


「それは言えない。だから、このことは、みんなには内緒にしててくれ」


「わかったわ。その代わり、もう二度と娘のことでガタガタ言わないって約束して」


「ああ、約束する」





 後日、順子から中村親子のことを聞いたレオは、早速三郎本人にそのことを確かめた。


「三郎さん、理恵ちゃんを自分の娘と公表しない事情って、なんですか?」


「それ、順子さんから聞いたのか?」


「はい」


「あの人、あれだけ口止めしたのに……まあ、バレてしまったのなら仕方ない。俺が理恵のことを自分の娘と公表しない理由は、俺が前科者だからだ」


「えっ! ……ちなみに、どんな犯罪を犯したんですか?」

 

 内心ビビりながら、レオは恐る恐る訊いた。


「傷害だ。俺は昔からケンカっ早くてな。今まで数え切れないくらいの者を病院送りにしたんだ」


「マジですか! 今の風貌からは、まったく想像つかないんですけど」


「まあ、昔と比べると、今は大分丸くなったからな。それより、このことは誰にも言うなよ。でないと、せっかく娘が紹介してくれたのに、もうここに居られなくなるからな」


「わかりました! ちなみに、もし言った場合、私はどうなるんでしょうか?」


「言うまでもなく病院送りだ」


「やっぱり! じゃあ、死んでも言いません!」


 口ではそう言いながらも、こんな面白いネタを秘密にしておく自信がまったくないレオだった。

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