第5話 仲良しな二人

 派遣社員の今服喜多代いまふくきたよ岡伊代おかいよは、仲良しなことで有名だった。

 送迎バスの中はもとより、作業場でもポジションが近くの時は人目をはばからず、ずっと喋り続ける有様だった。


 そんなある日、並んで作業する二人のおしゃべりに耐えられなくなったレオが、「君たち少しうるさいよ」と注意した。そしたら……





「私たち、幼稚園の頃からずっと仲良しなんだよねー」


「ねー」


 二人はレオの注意に対し、的外れな答え方をした。


「そんなことはどうでもいいよ。とにかく、作業中におしゃべりするのはやめなさい」


「なによ。そう言うあんただって、いつも近くの女性に話し掛けてるじゃない」


「そうよ。それなのに、偉そうに注意しないでよ」


 二人は、普段のレオの行動を把握していた。


「今、私のことはどうでもいいんだよ! このままじゃ、君たちのことが気になって作業に集中できないから、今すぐおしゃべりをやめなさい!」


 レオの怒鳴り声を聞いて、透かさず女班長の井上恵美いのうええみが駆けつけた。


「どうしたのレオ、そんな大きな声出して」


「この二人がずっとおしゃべりして、作業に集中できないんです」


「なんだ、そんなことか。それなら話は早いわ。これ貸してあげるから、それを付けて作業すればいいわ」


 そう言うと、井上は持っているものをレオに手渡した。


「なんですか、これ?」


「耳栓よ。それ高性能なやつだから、音をすべて遮断できて作業に集中できるわよ」


「はあ? なんで私がこんなもの付けないといけないんですか? 井上さんが、この二人のおしゃべりをやめさせればいいだけのことでしょ?」


「この二人の絆は、私が注意したくらいでは壊れないのよ。それは今までの経験から、身を以って知ったわ」


「あなた、それでも班長ですか! 班長が派遣社員に言い負かされてどうするんですか!」


「最近はパワハラやなんやらで、強く注意できないのよ。だから、大人しくそれを付けて作業して」


「嫌です! こんなもの付けるくらいなら、まだこの二人のくだらないおしゃべりを聞いてた方がマシです」


「くだらないとはなによ!」


「そうよ! エロ外人のくせに、偉そうに言わないでよ」


「岡井さん! エロ外人とはなんですか!」


「岡井って誰よ! 私の名前は岡伊代よ! 注意するんなら、人の名前をちゃんと覚えてからにしてよね。このポンコツ外人!」


「ポ、ポンコツ外人!? 言うに事欠いて、ポンコツ外人とはなんですか!」


「ポンコツだから、ポンコツって言ったのよ!」


「そうよ。図体がでかいだけで、何もできないくせに!」 


「ちょっと! やめないか、君たち」


 騒ぎを聞きつけた男班長の古田紘一ふるたこういちが、レオたちの間に割って入った。


「何があったか知らないけど、ケンカなら作業が終わってからにしてくれよ」


「いえ。このままじゃ、私は作業に集中できません。なので、今すぐこの二人のおしゃべりをやめさせてください」


「レオの言いたいことはわかった。でも、この二人のおしゃべりをやめさせるのは実質不可能なんだ。だから、ここは我慢して作業してくれよ」


「井上さんといい古田さんといい、あなたたちよくそれで班長が務まりますね。このままだと、近い将来この職場は崩壊しますよ」


 レオはまったく譲る気配を見せなかった。

 このままだと収拾がつかないと思ったのか、とうとうお調子者の日高までこの泥仕合に参戦してきた。


「君たち、人類みな兄弟だよ。だから今、君たちがやってることは兄弟げんかと一緒なんだ。そんなくだらないことをしてる暇があったら、さっさと作業に戻って、みんなでおいしいお菓子を作ろうじゃないか。はははっ!」


「人類みな兄弟とか、意味わかんない」


「くだらないのは、あんたの頭でしょ」


 喜多代と伊代の辛辣な言葉に、日高は「ひだひだ、かっか、ひだ、かっか」と、訳のわからない言葉を発しながら、そのまま消えていった。


「どうやら俺の出番のようだな。君たち、仲が良いのはいいことだけど、それも時と場合によるんだ。今は仕事中だから、それに集中しておしゃべりは控えようか」


 モテモテの協田の言葉に、誰もがこの醜い言い争いに終止符が打たれると思った瞬間、二人は思いも寄らぬ言葉を吐いた。


「あんた、自分がモテてるからって、調子に乗るんじゃないわよ」


「そうよ。私たちは、あんたみたいなタイプが一番嫌いなのよ」


 結果的に、とんだピエロを演じるハメとなってしまった協田は、「いやあ、これは一本取られてしまったな。はははっ!」と、笑ってごまかすのが精一杯だった。


 

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