第4話 幽霊社員、山本葉子登場!

 レオたちが勤める菓子工場には、作業で使ったボウルやペティナイフ等を洗う場所があり、その洗い場の専門担当に山本葉子やまもとようこというパート社員がいる。

 昼休みに協田とともに食堂で昼食をとっていたレオは、「そういえば、今日葉子さんの姿を見ないけど、休みなんですか?」と、突然思い出したように訊ねた。


「ああ。葉子さんは、毎週水曜日に遊園地でバイトしてるんだ」


 この職場には山本姓が複数いるので、区別するために皆、山本葉子のことを下の名前で呼んでいる。


「遊園地でどんなバイトしてるんですか?」


「お化け屋敷の幽霊役。本人に聞いた話だと、他の者がフルメイクで幽霊になり切る中、彼女だけは素顔で勝負していて、しかも客に一番怖がられているみたいなんだ」


「ぎゃははっ! 確かに、葉子さんの顔を暗がりで見ると、皆びっくりするでしょうね。私、想像しただけで鳥肌が立ちましたよ」


 レオは袖をまくり、自らの腕を協田に見せた。


「でも、なんでそんなバイトしてるんですかね?」


「葉子さんが学生時代にそこでバイトしてた時、彼女のおかげで売り上げがかなり伸びたらしいんだ。それ以来なかなか解放してくれないって、本人嘆いてたぜ」


「そんなに需要があるのなら、いっそのことその遊園地に就職して、ずっと幽霊役をしてれば良かったのに」


「40代の現在ならともかく、まだ二十歳そこそこの娘が、この先ずっと幽霊役をやっていくのは、さすがに抵抗があったんだろうな」


「でも、そんな話を聞くと、これから葉子さんの顔をまともに見れなくなりますね」


「そんなことはないだろ。作業場は帽子にマスク姿だから、素顔と比べたら大分和らいでるしな」


「葉子さんの場合、それでもインパクト大ですよ。しかもあの人、いつも帽子を変なかぶり方してるでしょ? あれは不気味さを演出するために、わざとやってるとしか思えないんですよね」


「レオ、さすがにそれは言い過ぎじゃないか? 本人が聞いたら、マジ切れするぞ」


「さすがに本人には言いませんよ。でも、あんな葉子さんでも庇うあたり、協田さんは人間ができてますね」


「俺は女性全般に優しいんだ。いいか、レオ。日本の女性に好かれようと思うのなら、すべての女性を分け隔てせず平等に扱え。そうすれば、自然と女性の方から寄ってくるようになるから」


 予期せぬ協田からのレクチャーに、レオは「協田さん、私は今までずっと、あなたのことをいけ好かない奴だと思っていましたけど、それは間違いでした。これからも日本の女性のことを色々教えてください」と、尊敬の眼差しを向けながら言った。


「いけ好かない奴って……レオ、正直なのはいいけど、それが過ぎると、相手が傷つくこともあるから程々にな」


「わかりました」





 翌日、レオは洗い場で山本葉子の顔を見るなり吹き出した。


「レオ、何がおかしいの?」


「すみません。昨日協田さんから聞いた話を思い出しまして」


「協田さんから何を聞いたの?」


「葉子さんが遊園地のお化け屋敷で幽霊役をしてることです」


「あの人、あれだけ内緒にしてくれって頼んだのに……レオ、このことは、くれぐれもみんなには言わないでね」


「わかりました。あと、一つ訊いてもいいですか? そんなにみんなに知られるのが嫌なのに、どうして協田さんには教えたんですか?」


「レオがまだこの会社に入る前に、正社員とパート社員だけの飲み会があったんだけど、なぜか協田さんも付いてきて、その時にポロっと喋っちゃったのよ。ほらっ、あの人聞き上手でしょ? だから、つい余計なことまで話しちゃったのよね」


「そうだったんですか。でも、そんな誰にも知られたくない秘密を聞き出すなんて、協田さんはやはり只者じゃないですね。ところで、葉子さんはいつまで幽霊役を続けるつもりなんですか?」


「私は今すぐにでも辞めたいんだけど、社長がなかなか辞めさせてくれないのよ」


「だったら、いっそのこと、ここを辞めればいいんじゃないですか? ここで洗い場の仕事をするより、お化け役の方が適任だと思うし」


「適任ですって! レオ! あんた、それどういう意味よ!」


 葉子のあまりの剣幕に、レオは昨日協田から教わったことを思い出しながら、「すみません。良かれと思って言ったのですが、どうやらそれは間違いだったみたいです」と、素直に謝った。


「わかればいいのよ。いい? 私がお化け屋敷でバイトしてることを他の人にバラしたら、許さないからね」


──この人、幽霊役がはまり役だということを、自分では気付いていないみたいだな。


 心の中でそう思いながらも、この場を繕うため「はい。肝に銘じます」と、殊勝な姿を演じるレオだった。


 





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