第3話 嘘をついて気を引こうとするレオ

「協田さん、この機会にちょっと相談してもいいですか?」


 先程まで楽しそうに喋っていた久美の表情が見る見る曇り始めた。


「どうしたんだ、そんな浮かない顔して?」


「通勤時の送迎バスに、いつも坂川さんが私の隣に座ってきて話し掛けてくるんです」


「へえー。坂川さんがそんな積極的な人だとは思わなかったな。で、彼とはどんな話をしてるんだ?」


「まあ、天気の話とか仕事の話とか、ほとんどたわいのないものです」


「ふーん。で、相談というのは、その坂川さんのことなのか?」


「はい。坂川さんは他に空いてる席があってもそこには座らず、いつも私の隣に座ってくるんです。なので周りの人の中には、私と坂川さんの仲を勘繰る人もいて、とても困ってるんです」


「人畜無害だとばかり思っていたあの坂川さんが、そんな行動をとるなんて許せませんね。明日、私が本人にビシッと言ってやります」


 レオはここぞとばかりに、二人の間に割って入った。


「レオ、それはやめといた方がいい」


「どうして?」


「そんなことしたら、藤原さんと坂川さんの仲がぎくしゃくして、仕事に支障をきたすからだ」


「でも、このままだと、藤原さんはあらぬ疑いをかけられますよ。それでもいいんですか?」


「いや、それはよくない。じゃあ藤原さんが、誰か女性の隣に座るようにすればいいんじゃないかな?」


「でも私、朝はいつも一番前に並んでるし、着替えるのが早いから、帰りのバスに乗るのも大抵一番先になるんですよね」


「それなら、朝、家を出るのを少し遅らせればいいし、帰りもトイレに行ったりして時間をつぶせば、何の問題もないだろ?」


「なるほど! 確かにその方法なら自然だし、坂川さんとの仲もぎくしゃくしなくて済むわ」


「さすが協田さん、頼りになる~」


 久美と聡子が恍惚の表情を協田に向ける中、自分の意見を真向否定されたレオは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。






「ところで、他の派遣社員がライン作業する中、協田さんだけは仕込みをしてますよね。あれ、なんでですか?」


「それ、私も前から気になってたのよ。だって、仕込みって、作業の中で一番重要なポジションでしょ。その証拠に、協田さん以外は皆、正社員がやってるし」


「まあ仕込みと言っても、俺がやってるのは比較的簡単なやつだからな」


「いくらそうでも、仕込みを任されていること自体すごいですよ。前にそういった経験があるんですか?」


「いや、こういう仕事は初めてだ。だから、俺にもさっぱり分からないな」


「この会社って、私たちのような派遣社員でも、入る時に綿密な面接があったでしょ? その時の印象が良かったからじゃないかな?」


「ああ、それは言えるかも。協田さんて、なんでもできるイメージがあるし」


「仕事の話はもうそのくらいでいいんじゃないかな。そろそろ、プライベートの話をしようよ」


 先程からまったく相手にされないレオが、業を煮やして無理やり話に割って入った。


「皆さんは、休日はどのように過ごしてるんですか? 藤原さんから順番に聞かせてください」


「私は友達と食事に行ったり、たまに旦那と映画を観に行ったりしてるわ」


「私は休日は旦那が接待やらなんやらで家にいないから、友達を家に呼んで、ちょっとしたホームパーティーを開いてるわ」


「俺はさっきも言ったように、家にいる時はほとんど小説や脚本の執筆に勤しんでる。ところで、レオはどう過ごしてるんだ?」


「私はワイフと子供を連れて近所の公園に行ったり、今流行りのキャンプに出掛けたりしています」


「ふーん。レオはアウトドア派か。俺とは真逆の休日を過ごしてるんだな」


 本当は、休日はマッチングアプリで知り合った女性と会ったりしているレオだったが、そんなことを言えるはずもなく、しれっとした顔で嘘をついた。

 にもかかわらず、まったく食い付いてこない久美と聡子にイラ立ちをおぼえたレオは、「それと、私も協田さんと同じように小説を書いています。内容はほぼノンフィクションで、職場での出来事を主に書いています」と、二人が関心を示しそうな嘘をついた。


「えっ! ということは、私たちもその小説に登場するの?」


 聡子の問い掛けに、レオは「もちろんです。だから、皆さん私に優しくしないと、小説にあることないことを書きますよ。はははっ!」と、半ば脅すように言った。


「レオ、今の発言は聞き捨てならないな。そういう風に言えば俺たちが優しく接してくれると思ったんだろうけど、それはまったくの逆効果だぞ」


「そうよ。そんなことで私たちの気を引こうなんて、考えが甘過ぎるのよ」


「そもそも、あんたの書いた小説なんて、まったく興味がないから」


 三人に痛烈な言葉を浴びせられたレオは、どこで覚えたのか一言「ぎゃふん」と言って、周りを凍り付かせていた。



 




 

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