第4話 難関アプローチ
8月4日 火曜日
日は差しているが風が強く、雲の流れが速かった。
そんな空に向けてアラートはマーカー受信機のコインを翳し、昨晩ターゲット候補として目を付けた直樹という名の青年の所在を探った。
しばらく集中し続けると彼の脳裏に カーナビ宜しく直樹の存在地が地図上の光点として映し出される。
翼を半分ほど開いてアラートは瞬時に移動をした。
マーカーが稼動している限り ターゲットの元に行くのは極めて簡単である。
次の瞬間には、ビルの事務所内にいる直樹の背後に立っており、同時に移動の過程で周辺情報は細大漏らさず入手した。
ターゲットの名は 桜井直樹、24歳、株式会社 滝本測器の社員で若手の中でも数少ない新規開発部員で、所謂エリートであった。
滝本測器は建設土木、測量関係に使われる光学機器の開発、販売を手掛ける中規模の会社であり
昨今の震災の復興工事のおかげで経営は堅調である。
新卒で滝本測器へ入社した直樹は地元の工業大学を可もなく不可もない成績で卒業したので 当初 会社側も彼に対しては大きな期待を掛けてはいなかったという。
風向きが変わってきたのは、研修が終わって直樹の書いたレポートを見た上司がそのユニークさに目をつけて ある幹部にそのレポートを手渡した事が発端であった。
結果的に彼はその後も様々な社内的なふるいを潜り抜けて 滝本測器の中核を成す開発部門のルーキーという輝かしい立場を手に入れたのである。
こうした抜擢を受けたものに対する妬みや嫉みは世の常であるが、なぜか直樹に対してはそういったネガティヴな対応はなかった。
確かに恨みを買いにくい掴みどころのなさと 人当たりが良く礼儀正しさをそなえた直樹は女性のみならず上司や関連業者の担当者からの受けも良かった。
彼は今、直属の上司である尾崎真奈美上級研究員の元で新しい光学測量器の開発に従事していた。元来 この手の測量器機はどうしても性能の安定性と頑丈さが優先される為、デリケートさが要求される最新技術は敬遠される風潮にあった。
そのため現在出回っている光学測量機器はほとんどが大きく重く不恰好であるという旧弊を変えられずに今に至っている。
しかし、尾崎と桜井の二人はこの風潮に真っ向から反旗を翻し、タフで高性能、軽量コンパクトという相反する条件の製品開発を技術開発部の本部長の肝入りで認めさせたのである。
それと同時にプロジェクトチームが立ち上げられて、人員は当初の4倍である8名に増員され 基礎研究は区切りがついて実際のテストマシンが何種類か制作されていた。
入社2年目の若手であるにも拘らず プロジェクトチームのNo.2を任されている桜井は、尾崎の下に配属されてから技術者としての彼女を熱烈に尊敬、いや、崇拝すらしていた。
彼女は桜井の4期上に当たり28歳の筈であるが、旧弊に冒された開発部門の上層部に対して正論と政治的手腕を駆使して 理想の開発方針とアーキテクチャを真正面から認めさせたのは異例の成果だったのだ。
その事も含めて 桜井にとって尾崎は天才的な閃きを持つ開発者、希望を形に変えるタフネゴシエーター、そして自分を技術者として厳しく導いてくれる姉の様な存在であった。
そして、彼女が毎日驚くほどストイックに自分を律している事も知っていた。
クールビューティと言われるほどの美人であるのにいつもナチュラルメイクに薄い紅のリップスティック、モノトーンのスーツにローヒールパンプス。
煌びやかな装飾品など一顧だにせず 唯一ラドーの黒地に金をあしらった小さくシックな腕時計だけが彼女の内面を主張している様であった。
尾崎の下で仕事をするようになって桜井は 今まで魅力的だと感じていたタイプの女性達が色褪せて見えるようになったのだ。
しかし、彼女は桜井に甘くも優しいわけでもない。
むしろ、鬼軍曹とか鉄の女と異名を得る程に厳しく苛烈である場合が多い。
そして、直属の部下である桜井に対して その傾向が特に強いように感じる。
そんな彼女に相応しい男になりたいという願いを胸に仕事に邁進する桜井だったが、最大の問題は 彼女が自分を男として全く意識すらせず さしずめ下僕と感じているらしい部分だった。
直樹の背中に触れて詳細情報を吸収したアラートは 深い溜息をついた。
やれやれ、前途多難という言葉のモデルケースがこんなところにあったか。アラートは思う。
さて、どうやって攻略の糸口を見つけようか、、、、、
暫し考えにふけっていたアラートだったが結局は一つの結論に達したのだった。
つまりは、行動あるのみ!だった。
直樹は自分のコンパートメントのパソコンから幾つかの仕様書と計算書をメールで送信すると 再び研究室の方へと向かった。
地下一階へエレベーターで降りて突き当たりの部屋の前、ドアの横にあるカードスロットにIDカードを差し込むとポジションランプが赤からグリーンに変わりドアのラッチが乾いた音を立てた。
研究室のドアが解錠したのを確認して直樹は入室した。
アラートもそのあとに続く。
事務所さながらにパソコンが置かれたデスクが並ぶ区画の奥に 工作用の大きなテーブルと専門的な電子機器類、モニター、所狭しと書き込まれたホワイトボードなどが並ぶかなり広いスペースがあった。
その奥の方でテーブルの上に置かれた試作機らしき物を囲んだ4名ほどの男女が タブレット端末を片手に熱心に話し合っていた。
直樹は躊躇なく彼らに歩み寄ると、リーダーらしいショートヘアの女性に声を掛けた。
「尾崎チーフ、遅くなりました。」
「ああ、桜井君か。
今、4号試作機の評価をしていた所だ、君も参加しろ。」
程なく試作機を囲んでのディスカッションが再開されたのを アラートはいくらか離れて眺めていたが内心穏やかではなかった。
『うわ、、、この尾崎って女性、やたらガードが堅いな。
何が原因なのかコンプレックスを核にしてハリネズミ状態じゃないか。』
落ち着いた物腰で試作機の評価を続ける彼女の外見からは窺い知れないが、内面のおぼろげなイメージを見通すアラートの目には 過去の傷跡から己を守ろうとする彼女の悲痛な覚悟が見えた。
アラートは背中から探索用のやや小振りの矢を抜き出すと弓につがえた。
この矢はその名の通り、ターゲットの条件を設定してそれを探索するために使うものだが、相手のオーラフィールドに撃ち込んで その内面の査定をする為にも使われる。
査定項目を設定して撃ち込めば その評価が色彩や音、その他の波動として表れる仕組みになっているのだった。
弓を引き絞ると照準をぴたりと彼女の心臓の位置に定めて気合いとともに矢を放った。
査定項目は、恋愛だった。
天使の一撃 欧流 内斗 @knight999
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