俺が不老不死の幼女を幸せにする話

@west4610

第1話 幸せにする


「なんじゃなんじゃ、お主わしの事が好きなのかぁ~?」


 幼女はそう言って、俺の足に何度も軽く肘を当てる。

 ちょっとだけ彼女の骨が当たり、痛みを感じて俺は声を上げた。


「い、痛いよパンドラちゃん」


「うひひひひ、なぁにが痛いじゃ小僧っ子」


 パンドラちゃんは先ほどと変わらず俺の足に肘鉄をかましながら、可憐に笑う。

 そして、次の瞬間にはニヤニヤした表情を浮かべると俺から少し距離を取ってこう言った。


「しょうがないのう、社会不適合者かつ犯罪者の烙印を押されることも厭わんという馬鹿な勇気に免じて付き合ってやるかの!」


「ほ、ほほほほほんと!?」


 先程俺が彼女にした愛の告白を、パンドラちゃんはその柔らかそうなほっぺたに自らの右手の人差し指を突きながら頷いた。

 彼女の答えを聞いた瞬間、心臓が飛び出そうなほどの驚きと喜びが俺を襲う。


「うひひ、ほんとじゃほんと、良かったのう~? 永遠に若々しくて可愛いわしと恋仲になれて~」


「う、うん……あ、あれ、嬉しくてなんか涙が……」


「うひひひ、そんだけ喜んでくれるとわしも応えた甲斐があるのう? な、お兄ちゃん?」


 お兄ちゃん、その言葉を聞くだけで俺は絶頂していた。

 足の指先から耳の先端までの毛が一気に立ち、俺の分身も立ち上がる。

 それを見て、パンドラちゃんは俺の事を指を差しながら大笑いする。


「うひゃひゃひゃひゃひゃ、お主ほんっとこう言われるの好きじゃな! そんなに好きなら……」


 俺の反応を楽しむパンドラちゃんは、何かを思いついたような表情をすると助走を付けて俺の胸に飛び込んで来る。


「うわっとと……! あ、危ないよパンドラちゃ──」


「耳元で好きなだけ囁いてやるからの、大好きなお兄ちゃん……」


「────」


「ん? あれ? おい、小僧?」


 その破壊力に俺は気絶した。

 幼女の柔肌と声色、そしてほのかな色気は俺を気絶させるには十分すぎた。

 あとで聞いた話だが、俺は救急車が来るまで気絶していたらしいのだが俺の分身も一緒に立ち続けていたようだった。


「あの時は本当にびっくりしたんじゃからな? わしが殺してもうたー! と焦らせて……本当に困った奴じゃった」


「…………」


 パンドラちゃんの声がする。

 出会ってから50年経つ今も彼女の姿は変わっていない、あの時と同じ可憐なままだ。


「あ、そうじゃ、お茶飲むかの? お主が好きだったあのお茶を飲めばきっと病気も……」


 ピッ、ピッと病室に機械音が響く。

 そんな中、パンドラちゃんは水筒に入ったお茶をコップに酌み俺に渡してくれる。


「あ、りがとう……」


「いいんじゃ、いいんじゃよ……」


「ごめん、ね……パンドラ、ちゃん……」


「ば、ばかもの、何を謝る必要があるんじゃ、わしは老いぬし死なぬが……その孤独をお主は癒してくれた」


 腕が震える。

 先ほど渡されたコップももう満足に持っていられない、死が近づいて来るのが分かる。

 

「わしが礼を言いこそすれ、謝られる謂れなど……」


 死にたくない、だが間違いなく俺はこのまま死ぬ。

 何か、何か彼女に残せるものは無いだろうか。

 無限に生きることになる彼女に、希望を残してあげたい。


「お、れ……死んでもすぐに、パンドラちゃんに、会いに行く、から……」


「な、なんじゃそれ、お主はまた急に突拍子の無いことを……」


「約束、する、絶対会いに、いくから」


「うん、うん……分かった、約束じゃよ……お兄ちゃん!」


「……それじゃ、また、ね……」


 パンドラちゃんが俺の皺がれた手を取り、涙を流しながら何度も何度も強く頷く。

 その彼女の姿を目に焼き付けようとするが、俺の目はどんどん霞んでいく。

 くそ、くそ……! 死にたくない、彼女をずっと幸せにすると決めていたのに……。

 そう強く思いながら、しかしそこで俺の意識は途絶えた。


─────────────────────────────────────


「……ご臨終です」


 病室にピーという大きな音が響き、医師はそう告げる。

 パンドラは死後の世界に旅立った男に最後に口付けをすると、彼の上で大粒の涙を溢しながら泣いた。

 彼女は三日三晩泣き続け、それからはまたあまり人と関わらない生活を続けた。


「ねー、ママ?」


「なんじゃピトス、ママはちょっと忙しいのじゃ」


「本当にここにニンゲン? の生き残りが居るのー?」


「それは分からんのう、もう二十年くらい探しておるが見つからんし」


「じゃあ絶滅しちゃったのかなぁ?」


 男が死んでから二百年後、人類は滅亡していた。

 だがパンドラとその子供、ピトスの二人は未だに生き延びていた。

 パンドラは不思議そうな顔をするピトスの頭を撫でながら、大きなビルの廃墟の前に立つ。


「かもしれんのう」


 あまり期待していないといった表情で、パンドラはその建物の中に入っていく。

 建物の入り口のガラスは粉々に割れ地面に散乱し、ピトスが怪我をしないように彼女は手を引きながらゆっくりと進んだ。


「わー、ママ見て見て、この服あたしに似合うかなぁ?」


「うむ、似合う似合う、パパも生きてれば耳の毛と股間までおっ立たせておったろうなぁ」


「わーい、やったぁー、ピトスうれしい」


 ガラスの割れたショーウィンドウの中に飾られている子供用の服を見て、ピトスは無邪気に笑う。

 そんな彼女を見ながら母として、そして女として亡き夫の事を思い出しながらパンドラはピトスの手を引いた。


「パパ、ここに居るといいね」


「そう、じゃな……居るといいのうピトス」


 自らの手を引く母が寂しそうな表情を浮かべていたことに気付いた娘は、母を気遣う様にそう言った。

 パンドラは泣きたくなるのをグッと堪え、笑顔を作るとピトスに笑顔を見せる。


「さぁ怪我をしないように気を付けながら進むぞピトス」


「はーいママ」


 二人は廃墟の中をゆっくり、じっくりと遊びながら進む。

 そして最上階の大きな木製の扉の前に立った。

 その扉は人類滅亡後の世界には似付かわしくない程重厚であり、そして真新しさを保っていた。


「わっ、おっきなトビラ! ねぇママ、開けてみようよ! きっとパパか誰かが居るよ!」


「…………」


 娘が無邪気に扉に近寄る中、パンドラは扉を前に立ち尽くす。

 人類が滅亡してから長い間、あの約束を希望にしてパンドラは生きてきた。

 だが彼女も薄々は感じていた、生き返る訳など無いと。

 ただそれを認めたくない気持ちだけが彼女を突き動かしていた。


「ママぁ?」


 しかしそれもこの建物で最後だった。

 あらゆる場所、あらゆる建物を探しつくして最後に辿り着いたこのビル。

 もし、仮にこの扉を開けて誰も居なかったら自分が耐えられなくなることが彼女には分かっていた。

 だからこそ躊躇した。


「わ、わしは……」


「開けちゃおうよママぁ」


「だ、だめじゃ!」


「……ママ?」


 扉を押して開こうとするピトスを、パンドラが制止した。


「だめじゃ……開けてはならん……」


「どうしてぇ? パパ、ここに居るかもしれないよ?」


「そうかもしれん、じゃが……居ないかもしれん、もし、もしあの小僧がここに居なかったらわしは……希望を失ってしまう」


 そう言って、パンドラはピトスを抱きしめた。


「わしは……希望を失いたくない、この世界のどこかで小僧が生きているとそう信じたまま生きていたい……」


「ピトス、よくわかんないや」


 パンドラに抱きしめられたピトスは、よくわからないといった顔をしながらそれでも母を抱きしめ返した。


「でもママがそれでいいなら、ピトスもそれでいいよ」


「うむ、うむ……すまん、すまんのう……ピトス……お兄ちゃん……わしは、わしは……」


 娘を抱きしめながら、再び大粒の涙を溢すパンドラ。

 その彼女の視線の先。

 大きな扉が内側からゆっくりと開き始めた。


「にゃーん」


「あ、ねこちゃんだ!」


 扉の内側からは、真っ黒な猫が一匹現れた。

 ピトスは猫の鳴き声を聞くと、母の抱擁を振り切って猫の元へと走っていく。


「こ、これ、ピトス──」


「えー、やだぁ、猫ちゃん誰か来た? また野犬だったらどうしよ……」


 その猫が来た扉が、ゆっくりと開き始める。

 扉の先から出てきた少しだけ太った、弱々しい男の姿にパンドラは目を丸くした。


「あ、え──パン、ドラちゃん?」


「お──おにい、ちゃん──?」


 二人は互いを視認し、そして目を丸くしたまま固まった。

 だが二人は少しした後、どちらともなく駆け出し互いを抱きしめ合う。


「パンドラちゃん!!!」


「お兄ちゃん!!!」


「会いだがっだ、ずっど会いだがっだよ……!」


「ば、ばがもの、ぞれはわじのぜりふじゃ……!」


 二人は大粒の涙を流しながら、互いの名を呼び合う。


「でも、なんでお主生ぎで……」


「よ、よぐわがんにゃいんだけど……火葬されてお墓に入れられた後で生き返ったみたいで……覚えてるのはパンドラちゃんの涙が喉を通ったって位なんだけど」


「わ、わじのなみだ……? そうか、お主が死んだ時のわじのなみだがお主を……」


「でももう一度パンドラちゃんに会えて良かった、もう絶対離さない……!」


「わじも、わじもじゃぁ……もう二度と死なないで、居なくならないでほしいのじゃ……!」


 抱き合いながら、二人は熱い口付けを交わす。

 そんな二人を娘のピトスは猫を抱きながら見つめていた。


「わーお、猫ちゃんあれがあたしのパパだって」


「にゃん?」


 かつて、パンドラと言う女性は禁忌とされていた箱を開けてしまう。

 その箱にはこの世の悪徳が全て封じられており、それを解き放った女には神から罰が与えられた。

 女は罰により、永い時を生きる事となる。


「知ってる? これ、ハッピーエンドって言うんだって!」


「にゃーん」


 だが、箱の中に入っていたのはこの世の悪徳だけではなかった。

 彼女が開けた箱の中、最後の一つには……彼女にとっての希望が残されていた。

 娘と猫に見つめられたまま、不老不死となった男と幼女はいつまでも熱い口付けを交わすのだった。

 

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