第56話 ジャンケン王のルール


 考え込んでしばらく黙っていたレンジだったが、おもむろに口を開いた。


「確認したい。後出しはどういう扱いになる?」


『まあ、普通のルールなら後出ししたほうの反則負けじゃが、相手の手が見えないこのルールなら、後出しのメリットは特にない。立ち合いの呼吸が合わなかったとして、無勝負じゃ。と、言いたいところじゃが、実際は箱に両者の手が入り、ジャンケンポンの声が揃ったタイミングで、自動的に手の形の判定がなされる。あとで変えようと思って、とりあえずグーの形にしておっても、ジャンケンポンの時点で変えそこなえば、それはグーという判定じゃ』


「なるほど。では、これはどうなる?」


 レンジは握りこぶしから、人さし指と親指だけを広げて見せた。


「かっこいいチョキ」


『なんじゃその妙なチョキは。チョキは中指と人さし指だけを伸ばした形のみじゃ。そして、この普通のパーと、この普通のグー。ジャンケンポンの掛け声の瞬間に、それ以外のほかの手の形になっておれば、それは相手の手にかかわらず自動的に負けと判定される』


「なるほど。確認してよかった。癖で出るところだった」


『どこの田舎者じゃ貴様』


「もうひとつ。最終的に同点で引き分けの場合はどうなる?」


『そうじゃな。もう一度最初からやり直しの、もうひと勝負でよかろう』


「最後だ。出せない手を出すとどうなる? 例えばパーを2回出した後に、3回目のパーを出した場合」


『グーチョキパー以外を出した時と同様に、その勝負は負けじゃ。あと、罰として腕が切り落とされる』


「はああ?」


『箱の中で、妖精さんにチョキンとな。なあに、1本落ちてもまだもう1本あれば、ジャンケンはできるぞ』


「くそっ。好き放題しやがって」


 すでに心理戦ははじまっているのだ。ニヤニヤと笑う褐色の小娘を睨みつけると、レンジは気持ちで飲まれないように己を鼓舞した。


 お互い魔法は使えない。生身の勝負だ。この頭脳戦に勝って、俺は魔王を倒す!


 レンジはセベリニアを指さした。


「勝負だ!」


『燃えてきたのう! 受けて立つぞ! さあ<量子ジャンケン>開戦じゃあ』


 箱から光が出て、2人の頭上に線を描いた。

 6つの四角が横につながり、それが2段になっている。

 上の四角の中には、左から『1回戦』、『2回戦』という文字が浮かび上がり、最後の6つ目の四角には『6回戦』という文字とともに、花を模した派手な装飾が施されていた。


 レンジはそれを見て、つぶやいた。


(3点か……)


 6回戦目の3点を取れたものが勝利に近づくのは間違いない。だが、グー、チョキ、パーはそれぞれ2回ずつしか出せず、6回戦は、その残った手を出すしかないのだ。


(実質的に、5回戦までで勝負が決まるというわけか)


 魔王が目を細めながら言った。


『ここまでの説明に嘘はないが、この先は保証せんぞ』


 獲物を見定める目だった。

 レンジは間髪入れずに、握りこぶしを突き出して言った。


「セベリニア! まずは古式ルールにのっとって勝負しようぜ」


『なんじゃと?』


「最初はグーだ。俺はいつもそうしている」


 レンジの顔には緊張の色があった。しかし、たとえ虚飾でも声を張って、自分のペースに持っていこうとしていた。


『ほう。チョースカ1世の古式ルールじゃな。よくそんなものを知っておったな』


 セベリニアは面白そうにうなづいている。


『よかろう、乗った。ワシもグーを出してやろう』


 セベリニアも右の拳を握って、目の前にかざした。それを見て、レンジは箱の中に手を突っ込んだ。


「さあ勝負だ」


『ふふふ』


 お互いに腕を、肘のあたりまで箱の奥へと差し込んでいる。

 そして、その格好のまま視線を合わせた。2人の顔の距離は1メートルもない。


『なんじゃ。こうしてみると、なかなか男前じゃな』


「無駄口を叩いている余裕があるのかよ。いくぞ、声を合わせるんだろ」


「『最初は、グー!』」


 2人の声が重なった。

 箱の中では、一瞬で決着がついているはずだった。

 しかし、それを見ることはできない。レンジはセベリニアの目を見つめた。

 セベリニアはウインクをしてみせた。


 箱の中央のランプが、青く光った。


「引き分け……」


『じゃな』


 セベリニアは腕を箱から抜いた。

 頭上のスコア表の1回戦と書かれたその下の枠に、青い丸が入った。


『これで等しい価値を持っていた、グーチョキパーの均衡が崩れたのう。それは3すくみの揺らぎでもある。ここからが本番じゃ。さあ、そなたはついて来られるかのう。ここからの心理戦に』


 箱から手を抜いたレンジは、その挑発に動揺を見せず、また握りこぶしを突き出して言った


「なに言ってやがんだよ。古式ルールって言ったろ」


『なんじゃと』


「最初はグーの次は、またまたグー、に決まってんだろうが!」


 それを聞いて、セベリニアはきょとんとした顔をしたが、すぐに声を上げて笑い始めた。


『はっはっは! 本当の完全古式ルールでやるというのか。このたった6回戦しかないジャンケン勝負で! 面白いやつじゃ。気に入った! 口車に乗ってやるわ!』


 セベリニアはその小さな手を握り、レンジに見せた。


『ワシも、グーを出そう』


 静かな言葉だった。レンジはセベリニアの目を見た。セベリニアもレンジの目を見た。

 互いの言葉の真贋を見定めるため、また自らの胸のうちを読み取らせないために、2人はその呼吸すら小さく抑えていた。

 白と黒の部屋の、透明な膜の中で、目に見えない火花が散っていた。


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