第55話 ジャンケン対決その2 ~量子ジャンケン
『ジャンケンとはまた、シンプルなゲームを選んだのう』
「なんだ、自信がないのか」
レンジの挑発に、セベリニアは不敵に笑った。
『構わんぞ。命をかけたジャンケンじゃ。やりがいはある』
「かかったな、セベリニア! 俺は昔からジャンケンには自信があるのさ」
レンジがそう言い放つと、セベリニアは人さし指をぐるんと振って、目の前のおもちゃ類をすべて消した。白と黒の部屋は、再びなにもない空間になった。
『せっかくいろいろ用意したのにのう』
「やると決まったらチャッチャとやろうぜ」
『まあ待て。種目は選ばせてやった。ルールはワシのほうで決めさせてもらうぞ』
「なんだそりゃ。後から、なに言ってんだ」
『そなたこそ、もしいきなり負けたら、3回勝負に決まってるだろう! などど言い出すつもりだったじゃろうが』
「ぐうっ」
レンジは図星を突かれて黙った。
『それでも負けたら、次は、3セット先取勝負に決まってる、うちの地元では常識! とか言い出すのも目に見えておったわ。セコいやつじゃ。ジャンケンと言えば大昔、大魔導士だとかいう偉そうな異名の魔法使いをワシがやっつけた時に使った面白いルールがある。それでいこう』
セベリニアはまた指を振った。すると、目の前に大きな黒い箱が現れた。2人がけのテーブルほどの大きさだ。
箱には上部の両端に、穴がそれぞれ開いている。手がギリギリ入るほどの穴だった。
『名付けて、量子ジャンケン!』
セベリニアが声高らかに宣言すると、箱の上の空中に『量子ジャンケン』という文字が現れた。
「なんだよ量子とかってのは! 普通のジャンケンじゃないのかよ」
不満をぶつけるレンジに、セベリニアは、チッチッチと人さし指を振る。
『学のないやつは、これじゃからいかん。量子というのは、ミクロな世界の物質の単位のことじゃ。これらは、小さすぎて、観測されるまで、位置または速度が確定されず、確率の波として振る舞うという性質を持っておる。この量子ジャンケンは、それにちなんでつけられた名前じゃ』
セベリニアが、黒い箱をポンポンと叩いた。
『まず勝負をする2人が、それぞれ箱の中に腕を入れ、ジャンケンポンの合図で、グーかチョキかパーのいずれかの手を繰り出す。お互いに箱の中は見えず、勝負がどうなったのかはわからない。そこで、この箱の真ん中についているランプが……』
セベリニアが箱の中に右腕を入れた。
『そなたも入れい。最初はテストじゃ。ワシがグーを出すので、そなたはパーを出せ。とって食いはせん。ほら早く』
急かされて、レンジは恐る恐る右手を箱の穴に入れた。穴の中は普通に空洞になっているようだ。念のため周りをまさぐってみたが、罠の類はなさそうだった。
『なにをもぞもぞしておるのじゃ。それいくぞ。ジャン、ケン、ポン』
レンジは言われたとおりパーを出した。セベリニアの手はわからない。箱の中はまったく上からは見えなかった。すると、箱の上部の中央に据えられている丸いランプが、赤く光った。
『これ、このように、勝負がつくとランプが赤く光るようになっておる。中に妖精さんがいて、勝負の判定をしているのじゃ。次はお互いにグーを出してみるぞ。よいか。ジャン、ケン、ポン』
言われたとおりにすると、今度はランプが青く光った。
『あいこの場合は、この通り、青く光る。ランプの点灯パターンはこの2つしかない』
「待てよ。あいこは良いけど、赤く光った場合はどっちの勝ちかわからないぞ。どうするんだ」
『言ったであろう。観測されるまではわからないと。箱の中では、妖精さんが、勝負の瞬間を精緻な絵として描きとって、記録しておる。既定のゲーム数が終了したのちに、その絵がこの箱の下から、ニョーンと出てきて、それぞれの勝敗がはじめてわかる、という仕組みになっておる。今回のテストは2回勝負じゃった。それ、出てくるぞ』
箱の下部から、紙が裏返しでせり出してきた。2枚ある。セベリニアは、その2枚目をめくった。
『ほれ、確かに2回目はあいこじゃな』
絵は、箱の中で2人の手がお互いにグーを出している瞬間を写し取ったものだった。滅茶苦茶リアルだ。目で見る光景と変わらない。
『そしてこっちが、1回目の……』
セベリニアはそう言いながら、紙をめくった。
『ワシが勝った時のものじゃ』
「はあ?」
レンジは目を疑った。箱の中では、レンジの手がパーを、そしてセベリニアの小さな褐色の手が、チョキの形を示していた。
「そんな。そっちはグーを出すって……」
あっけにとられているレンジに向かって、セベリニアはふふふ、と笑って言った。
『勝負ごとにブラフはつきものじゃ。簡単に騙されおって。これが本番じゃったら、そなたもう死んでおったぞ』
「くそっ」
レンジは唖然としながら、息を深く吸い、吐いた。
そう、見せかけるための演技をしていた。さいしょはグーの駆け引きなど、初歩の初歩だ。
落ち着け。いつものとおりだ。いつものジャンケンだ。
そう自分に言い聞かせていた。
ロリータ姿のセベリニアは、人さし指を立てたまま、小生意気な様子で周囲を歩いている。
『とまあ、このように、ランプが赤く光っても、それがどっちの勝ちを表しているのか、最後に画像で観察をしてみるまで、確定しない。というのがこの量子ジャンケンの面白いところじゃ。勝負は最後まで揺らいでおる』
最後まで確定しない……。
レンジはゆっくりとその言葉を反芻した。
『とはいえ、運否天賦の勝負にしてしまっては、ただ勝敗が最後に示されるだけでなんの面白味もない。じゃから、このジャンケン勝負のルールはこうしよう。1つ、勝負は6回戦とし、お互いが出せる手はグー、チョキ、パー、各2回ずつとする。2つ、引き分けは0点、負けも0点、勝利は1点とし、最終的に点数の高いほうがこの量子ジャンケンの最終勝者となる。3つ、最後の6回戦目に限っては勝利点数を3点とする。以上じゃ』
ルールが示された瞬間、レンジに頭にスイッチが入った。レンジは思考にかかるクロック数を、意識的に上げた。魔法の力を借りて。そして、このルールで行われる勝負がどのように推移するのか、その見込みと、そこから導き出される有効な戦略について、じっと黙考した。
『ふむ。気づいたようじゃの。これは純然たる心理戦じゃ。勝つのは知略走り、相手出し抜ける者……! そのためには』
セベリニアが指を振った。すると2人を、球状の大きな透明な膜が包み込んだ。
『魔法を駆使してズルをするのは興ざめじゃからな。この空間ではお互いに魔法を使えん。同じ条件じゃ。文句はあるまい?』
レンジは思考力が落ちたのを感じた。脳に作用させていた魔法が強制解除されていた。
「くっ」
好き勝手なことをされて、反発したくなったが、それをこらえる。冷静になれば、魔法を使い放題なら有利なのは相手だった。経験が違い過ぎる。
レンジはさっきまで脳を無理やり高速回転させて得た有効な戦略を、今の頭で必死に再現しようとしていた。
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