第45話 俺たちの戦いはこれからだ
レンジは炎の中の城を睨みながら言った。
「すぐに出立する。あれはみんなが思っているよりも、恐ろしい存在だ」
「思っているよりもって、初めから魔王は恐ろしいわよ」
ライムが抗弁したが、レンジは首を振った。
「もっとだよ。その魔王に、こちらのことを知られたらまずい。この機にこのまま奇襲するしかない」
レンジはそう言って、手を宙にかざすと、いつの間にかその手に光沢のある黒い杖が握られていた。
「待ってレンジ。あなた一人で行くの?」
それまで黙っていたセトカが、ベッドの上で立ち上がった。透け透けのネグリジェ姿のままだ。
「ああ」
「私も連れて行って! この戦いは元々私たちの戦いだ。結末を見届ける義務がある」
レンジは困惑した表情を浮かべた。
「そうだ、レンジ。アタシも連れてけよ。てめえ一人にいい格好はさせねえ」
バレンシアが左右の拳を打ちつけている。
「戦力は一人でも多い方がいいでしょ。少なくとも弾除けにはなるわ」
ライムの言葉に、マーコット、イヨ、ビアソンが同調する。全員意思は同じだった。
レンジはみんなに詰め寄られ、うつむいて考え込んでいたが、キッと顔を上げると、「わかった」と言った。
そして手に持った杖を振った。
次の瞬間、下着姿や素っ裸だったはずの女性たち全員が、白い鎧と白いマントを身にまとっていた。
「わわっ。これはいったい!」
マーコットがうろたえて自分の鎧をペタペタと触った。
激戦と長旅でボロボロになっていた彼女たちの鎧とマントは、純白の傷一つない状態に戻っていた。
そして元からローブ姿だったライムの服装も新品に変わっている。
それから、空中に光る球体が複数現れたかと思うと、そこから輝く剣が下りてきた。
セトカが、恐る恐るその一つを握った。手に収まった剣は、ますます輝きを増した気がした。みんな同じように目の前の剣を取って、感嘆の声を上げた。
ライムの前には杖が出現した。レンジの持つ黒い杖と同じものだった。手にした瞬間、自分の中の魔力が跳ね上がったのを感じた。
「な、なによこれ、凄いわ。こんな杖があるなんて」
ライムは目を見開いて震えている。
「みんな、準備はいいか」
レンジが言った。いつの間にか、完全なリーダーの風格が備わっていた。つい先日まで、走れないからと、道中ずっとおんぶされていた男とは、到底思えない。
だが今は全員が、レンジの言葉に自然に従い、「はい」と返事していた。
ライムが慌てて手を挙げる。
「ちょっと待ってレンジ。あなた、飛べるんでしょう? 魔王城まで。たぶん、空間転移装置の元になった魔法かなにかで」
「ああ」
「何人連れて行けるの」
「今の俺なら、自分を入れて8人だ」
それを聞いて、セトカが団員を数える。この場には、7人の人間がいた。
レンジ、セトカ、バレンシア、ライム、イヨ、ビアソン、マーコット。
「あと1人いける」とライムがつぶやく。
「いや、時間がない。嫌な予感がする。このまま飛ぶぞ」
「待って!」
急ごうとするレンジに、ライムが懇願した。
「呼びたい人間が一人いるの。時間は取らせない」
ライムはそう言って、手に入れたばかりの杖で、床に魔法陣を描いた。そして、水晶玉に飛びついて叫んだ。
「こちらアルファ。フォックストロット、聞こえる?」
『は、はい。お姉さま』
「すぐにこっちに飛んで。事情はあとで説明する。ガイド魔法陣は描いた。お願い、急いで」
『え。わ、わかりました』
そして、みんなの見ている前で、魔法陣が激しく光り始めたかと思うと、床から忽然と一人の女性が出現した。
女性は、茶色のローブ姿で、魔法使いの杖を手にしている。全員の視線が集まっているのに気づいて、彼女はぺこりと頭を下げた。
「あ、はじめまして、みなさん。西方のユーズ王国魔術師団所属、ミカンです」
ミカンと名乗った魔法使いは、小柄なライムよりもさらに小さかった。
「なんだこいつ。子どもじゃねえのか」
身長2メートルのバレンシアが近づくと、半分くらいの大きさに見えた。
「子どもではありません。これでも21歳です」
「わ。同い年であります!」
ミカンの言葉に、マーコットが手を叩いて喜んだ。
「ライムお姉さまとは、同じお師匠様の下で学んだ仲です。以後お見知りおきを」
またペコリと頭を下げる。その仕草もまた子どもっぽかった。
「あのー、それで、ここどこなんですか? 私、どうして呼ばれたんですか?」
首をかしげてそう言った彼女に、ライムが奇妙な甲高い声で話しかけた。声と言うよりも、まるで金属がすり合わされるような鋭い音だった。
ミカンもまた同じ甲高い音で返答し、それが3度往復した。
「魔法使いの圧縮言語か」
セトカがそうつぶやいた。
ミカンが、「わかりました。魔王との対決とならば、微力ながらお手伝いさせていただきますぅ」と言って、再びペコリと頭を下げるまで、ほとんど時間はかからなかった。
「ていうか、ライム。お前こんな瞬間移動みたいな魔法使えたのかよ。先に言えよな」
バレンシアが非難めいた口調で言うと、ライムは首を振った。
「違うわ。この子の魔法よ。私はガイド役をしただけ」
「このガキの魔法? 本当にこいつを連れて行く気なのかよ」
なおも口を尖らせるバレンシアに、ライムが怒って言った。
「私の方が先輩だけど、抜かれちゃってんのよ。この私が。この子に! 私、レベル150、ミカンはレベル160よ!」
「あ、もう165になりましたぁ」
「クソがっ」
「おい。仲間だろう」
思わず本音が出たライムを、セトカがたしなめる。
「えーと、もういいか。まじで時間ないんで」
レンジがそう言うと、全員がレンジのほうを見た。
「はい!」
声が揃った。
そして、前を向いたままセトカがバレンシアに言った。
「私はもう戦えない。あなたが団長よ」
バレンシアも前を向いたまま言い返した。
「ふざけんな。てめえは私に勝ったんだ。譲られるつもりはねえ。最後まで指揮を取れ。私たちがお前の手足になる」
ライムが言った。
「セトカ! あなたがいたから、私たちはここまで来ることができた。あなたの力は、戦闘力だけじゃない」
「そうだ、胸を張れよ団長」
イヨが、セトカの鎧を叩いた。
「みんな……」
全員がうなづいた。
最後に、レンジが力強く告げた。
「行くぞ。最後の戦いだ」
「はい!」
ネーブルを旅立った時の、小芝居で担ぎ上げられた小心者の魔法使いはもういなかった。
舞い落ちる花も、キラキラと輝く砂金も、人々の驚きも、羨望のまなざしも、そこにはない。けれど、真紅のマントに身を包み、最後の戦いに旅立つその姿は、幾多のサーガに描かれる、英雄そのもののようであった。
王宮の客室が光に包まれ、中にいた8人の人間の姿がかき消えた時、その衝撃の余波で、扉が外側に弾けた。
外の廊下では、近くの部屋から一人の男が這い出して来るところだった。掃除人の服装をしている。だが、その服装は乱れていて、顔は汗と涙と鼻水でクシャクシャだった。
その掃除人に向かって、数人の男たちが駆けてきた。
「国王!」「国王! 大丈夫ですか」
口々にそう言っている。
「またそのような掃除人の格好などをされて! 酔狂が過ぎまするぞ」
「そうです! 下々の中に入り込むなどと、悪い癖でござまいます」
「あ、国王。どうなさったのですか、お召し物が……」
心配する男たちに向かって、掃除人の格好をした男がメソメソと泣きながら言った。
「さ、サキュバス? かわいいサキュバスが、ボクを!」
錯乱した男の叫びが、廊下に響いた。
「ボクのハートを!!」
王宮の夜は、そうして更けていった。
――第3章 スライム5兆匹と戦う男編・完
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