第4章 魔王城の決戦編
第46話 魔王城潜入
雷を伴って、夜の雨が続いている。
沼地の中にそびえる巨大な城のシルエットが、稲妻の走るその瞬間に浮かび上がり、そしてまた闇の中へと溶けていく。
その城は、かつて古代魔法王国の時代の貴族の居城だったという。どのような建築材、そして工法で建てられているのか、数千年の時を経ても昔のままの荘厳な姿を誇っていた。
それを見上げ、その建築美に胸を打たれる者も、過ぎ去った歴史に思いを馳せる者もいない。
今では人が生きて近寄ることのできない、魔王の城だからだ。
また一筋の稲妻が城のそばに落ちた。周囲の空気がビリビリと震える。その余韻が雨のなかに棚引いていく。
そしてその稲妻のあとに、8つの人影が残った。
「これが魔王城……」
空を覆う雷雲のなかの稲光が、かすかにその威容を浮かび上がらせている。
「どうする、レンジ」
セトカが隣の、真紅のマントを纏う魔法使いに問いかける。
「結界に穴を開けて、潜入するしかない。こちらの存在がバレるが、やむをえないだろう」
「ていうか、これもお前の魔法かよ。見たことねえぞ、こんなの」
バレンシアが手を広げて、雨に濡れないことを確認する。
8人のいる周囲は、空気の幕のようなもので覆われていて、それが雨を遮っていた。さらに、緑色の細い光が幕を包むように回転しており、外からの攻撃から守る防壁となっているようだった。
「それにこの鎧。見た目はうちの鎧みたいだけど、全然、別物だ。着てるだけで常時いろんなヤバい強化バフがかかってる。これなら、あの魔神とだってタイマン張れそうだぜ。この輝く剣だって、とんでもない代物だ」
バレンシアはレンジに向きなおった。
「お前、どんな魔法使いになったんだ」
「レベル205……。想像のつかない世界だわ」
ライムがぼそりと言った。
レンジは、ふ、と小さく笑っただけだった。
「あ、団長。そこ、怪我をしているであります」
マーコットがセトカの首を指さして言った。
セトカは首筋に手をやって、それからハッとしてそれを隠した。
「見せてください。血が出てるなら、止めないと」
マーコットがセトカに近寄ろうとすると、バレンシアがその頭を鷲掴みにして止めた。
「バカ。そりゃあ、キスマークだ」
「キスマーク? なんでありますかそれは」
セトカは赤くなって、ぷい、と目を逸らした。
それから8人は魔王城の外壁のそばまでやってきた。レンジが魔法言語も詠唱せずに、手を伸ばすと、そこに黒い穴が生まれた。
「急ぐぞ」
8人はうなづき合い、その穴へと飛び込んでいった。
城の中は完全な暗闇だった。レンジの召喚したウィル・オー・ウイスプが全員の周囲を飛び回り、明かりをもたらした。
雷雨の音が消え、あたりは静寂に包まれた。息の詰まる雰囲気。古城の中は大きな造りで、通路が広い。裏口のようなところから潜入した一行は、周囲を警戒しながら城の中を進んだ。
赤い絨毯が、進むべきを道を示していた。それを辿っていくと、大広間のような場所に出た。
魔物の気配はなかった。城の中では雨の音も聞こえない。静寂と、自分たちの息遣いと。それだけがあった。
「死体がない」
ライムがぼそりと言った。
「なんだって?」
バレンシアに訊き返されて、ライムは声を殺しながら答えた。
「魔王城には、魔王の親衛隊がいたはず。想像を絶する強さの魔物たちが。でも、レンジの魔法でそれも死んだ。死んだはず。なのに、死体が、どこにもない」
その言葉に、騎士たちが周囲を見回す。
確かに、魔物の死体はどこにも見えなかった。ただ、石畳の上に、なにかが焼け焦げた跡や、血の痕跡だけが、至るところにあった。
「まさか、死霊魔術を……」
セトカが息を飲んだ。
「急ごう」
レンジはそう言うと、大広間の奥に見える、吹き抜けの大階段へと駆けだした。全員がそれに続く。
「魔王のところに飛べないのか」
走りながらセトカが問いかけた。レンジは首を振った。
「今もまだ結界の中だ。俺たちはその薄皮を一枚剥いて、入り込んだだけだ。その手の魔法は制限されている」
「今のあんたより魔王の魔法の方が強力だって言うの?」
今度はライムに向かって返事をする。
「わからない。ただ恐ろしい魔力の持ち主だ。感じないか。この真上。たぶん最上階に、いる」
ライムは恐る恐る天井を見上げた。すぐ隣を走るミカンが、妙に高いテンションで言う。
「いますねえ。なんか、とんでもないのが! 一度会ってみたかったんですよねぇ、魔王」
ライムは能天気な後輩に、呆れた顔をした。
「会うだけならね。でも会ったら、もれなく戦うハメになるのよ」
「大丈夫だ」
レンジが言った。
「俺が倒す」
すっかり別人に変わってしまったそのレンジの一言に、女性たち全員のハートが、その体内にキュン、という音を立てた。
一行は階段を駆け上がり、城の中を最上階に向けて進み続けた。
異変が起きたのは、魔王城の中腹を過ぎたころだった。
次の登り階段が反対側に見えたので、折り返してそちらに向かっていた時だ。先頭を行くレンジのすぐ後ろを走っていたバレンシアが、「あれ?」と言った。
レンジの背中が遠ざかっていくのだ。置いて行かれるわけにはいかないので、慌てて速度を上げたが、レンジはするすると離れていった。しかし、レンジの足の動きを見ても、ずっと同じ速度を保っているようにしか見えない。
2人のあいだの空間が、遠ざかっているのだ。
それに気づいて、振り返ったが、すぐ後ろにいたはずのセトカの姿が、はるか遠くに見えた。空間が引き延ばされ、景色がぐにゃりと歪んている。
バレンシアはやがて立ち止った。もう仲間の姿はどこにも見えない。
「分断されたか。すんなり行けるわけないと思ってたけど、さっそく来やがったな」
そうして、腰から剣を抜き、身構えた。
バレンシアに憑いていたウィル・オー・ウイスプは、健在だった。光を放ちながら、くるくると周囲を踊っている。
「さあ、なにが来る?」
前方、後方、上下左右。歪む景色のなかで、すべてに油断なく視線を向け、いつでも動けるように最適な配分で両足に体重をかけた。
前方の暗闇から、足音が2つ聞こえた。
すぐに剣をそちらに構える。
光の妖精に照らされて、2人の人間がバレンシアの前に現れた。
『バレンシア』
男が言った。髭面の大柄な男だった。
『会いたかったわ』
女が言った。痩せていて、苦労がしみついたような顔をしている女だった。
「親父。母ちゃん」
死んだはずの2人だった。
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