第42話 失敗か成功か


 レンジは目の前で繰り広げられる、自分を奪う合うかのような女性たちの争いに、鼻を下を伸ばしていたわけではなかった。

 確かに下着姿の女騎士たちに囲まれているのは、夢のような状況だ。

 しかし、レンジはその光景を、胸が締め付けられるような思いで見ていた。

 これはけっして、ハーレム展開などではない。レベルドレインの対象になるということは、これまでに得た力を失うということなのだ。彼女たちは、みんな、仲間のだれかではなく、自分を犠牲にしようとしているのだった。

 それを思うと、レンジはとてもニヤついて見ていることなどできなかった。


「あー、うるさあい! とにかく、いったん落ち着いて。本当にセトカのレベルドレインが失敗したのか、確認するから待ちなさい」


 ライムは肩にかけてきた鞄を下ろすと、ごそごそと中を探り始めた。


 目の前で起こる騒動に唖然としていたレンジは、ふいに肩をつんつんと叩かれた。


「レンジ。だめだったの?」


 セトカが、小さな声でそう言った。いつもの覇気が戻っていない。


「だめっていうか、よくわかんない」


 レンジが不安そうにそう言うと、セトカはうつむいて言った。


「私、レベル下がった」


「え、マジで?」


「力が入らない。子どものころに戻ったみたい」


 レベルドレインが成功している?


 レンジはあらためて、自分の両手の手のひらを見つめた。それでも、やっぱり、なにか変わった感じはしなかった。


「あったわ。これよ。動かないでね」


 ライムが測定器を取り出して、アンテナのような部分をレンジに向けた。


「触んなくていいのか」


「指向性のレベル測定器よ。私が昔、作ったの。市販品より精密に測れるわ」


 そう言って、ライムは測定器のモニタを凝視している。


「どうなんだ?」


 イヨも覗き込んだ。


「この数字がレベルか? 8、いや9か」


「待って。安定してない。変ね」


 ライムは測定器の側面についているつまみをいじっている。

 その時、レンジは自分の体に起きた異変に気づいていた。


 ドクン。


 心臓が、血液以外の、なにかエネルギーに満ちた液体を全身に運んでいるような感覚。

 モンスターを倒して、レベルが上がった時の、あの感覚だ。レベル6になってから、ずいぶんと経つので、久しく忘れていた感覚だった。

 しかし、あきらかに今までとはなにかが違っていた。

 体の真ん中から、光が溢れてくるような、そんな気がした。


 なんだ、これは?


 目を見開いて、自分の体に起きた異変の正体を探ろうとしているレンジに、測定器のアンテナは向けられたままだ。


「上がってる。上がってるわ。レベル10、レベル11……」


 レベル11?


 レンジは驚いた。あっさりと壁を超えた。ネーブルの多くの冒険者が必ず止められるレベル10の壁を。レべル6なんかで足踏みをしていたレンジには、その壁すら遠かったのに。


 しかし、自分の中に今、新たな力が湧き上がってくるのを感じる。

 心臓が全身に循環させるエネルギーで、体中の細胞が作り変えられるような、そんな感覚が、絶え間なく続いている。


「レベル15、18、23、35?」


 ライムが悲鳴を上げた。


「か、加速しているっ」


「故障じゃねえのか」


 バレンシアが言った。揉み合っていた女性たちも動きを止めている。


「どうなんだレンジ?」


 レンジはバレンシアに揺さぶられた。しかし、レンジは反応しなかった。瞳孔が開いている。自分の体に起きている異変に、心が、精神が対処しきれていないようだった。


「うそっ。100越えた?」


 ライムは自分の口を押えて、絶句した。


「100だとぉ?」とバレンシア。


「成功していたのでありますか?」


 マーコットがそう言った時、自分を掴むバレンシアの腕の力が抜けていることに気づいて、そこからするりと顔を抜いた。

 そして、レンジの顔に自分の顔を衝突させた。


「あーっ、なにキスしてやがる!」


「ふむっ。これは最後のチャンスかも知れないであります。んちゅ」


「離れろコラ、スッポン女!」


 バレンシアがマーコットを引きはがしにかかる。


「やめて、マーコット!」


 セトカもバレンシアに加勢した。マーコットは必死に抵抗している。


「むぎぃ。私は、求婚されたのでありますぞ!」


「私は婚約をしたのよ!」


「はあ? セトカどういうことだよ!」


「求婚と婚約はどっちが強いのでありますか?」


「なにやってんスか団長も」


「団長、婚約ってどういうことなのでしょう」


「だー! あんたらうるさぁい!」


 測定器から目を離さずに、ライムが絶叫した。





 不思議だった。


『おい。どうしたんだよレンジ。固まっちまって』


『レンジ? しっかりしなさい』


『どうしよう。もしかして、あ、あんなにしたから?』


『あんなにって、どういうことだセトカ』


『大丈夫でありますか、レンジ殿。むっちゅぅ』


『あー、こらてめえ』


『ちゅっ……』


 みんなの声が、どこか遠くで聞こえている。


 レンジは、初めて経験する不思議な感覚にとらわれていた。

 女子たちがドタバタとしている光景は目に入っている。バレンシアに揺さぶられているのを感じている。口に、マーコットの唇が吸い付いている感触もある。彼女の良い匂いも、鼻孔をくすぐっている。


 だが、同時に、レンジは見たことのない長い廊下にいた。


 どこだ、ここは?



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