第41話 すべての男の子の夢


 レンジは、天井を見上げる自分に気がついた。

 ランプの明かりに照らされて、天井画が浮かび上がっている。宗教画だ。天と地を創造する白い髭の神様の絵。

 杖を持っているので、この国の神は、自分と同じ、魔法使いなのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えている。

 雨音は続いている。ふと、すぐそばでバタバタとシーツが断続的に叩かれるような音に気づいて、そちらに顔を向ける。

 女の子が、うつ伏せで枕に顔を押し付けたまま足をバタバタとさせていた。


「どうかした?」


 そう問いかけると、足の動きは止まり、代わりに手がレンジの体をポカポカと叩き始めた。


「だって、だって。一回でいいのに。あんなに、あんなに何回も……」


 枕で顔は見えない。


「えっ。俺そんなに?」


 下に意識を集中させると、あんなにうるさくレンジにアドバイスをしてきた陰茎先生だか陽物先生だかは、完全に沈黙してしまっている。

 体が軽い。頭もだんだんとスッキリしてきた。


 どさくさに紛れて、とんでもない約束をした気がする。

 レンジはぞわっとして起き上がろうとした。

 その時だった。いきなり部屋の扉が開かれた。


「おっらあああ! レンジィッ! セトカを傷物にしやがったなあああゴラアッ!」


 いきなりバレンシアが飛び込んできた。


「でえええ?」


 レンジは思わずベッドの上で、毛布を手繰り寄せて下半身を隠した。


「ごめえんセトカ。このバカが夜這いに行くってきかないから、止めてたらバレちゃったぁ」


「大丈夫でありますか団長殿!」


 ライムと、それに続いてマーコットが部屋になだれ込んでくる。


「終わったかセトカ? どうだ? どうなった?」


 バレンシアが両手をレスリングの構えのようにワキワキさせながら、迫ってくる。

 セトカは布団から顔を出し、レンジのほうを見た。

 レンジは、バレンシアとマーコットの格好に驚きながらも、上半身を起こしたまま、自分の体を見下ろした。

 そして首をかしげる。


「なんか、あんま変わった気がしない……かも」


 レンジが小さな声でそう言うと、バレンシアが叫んだ。


「だから言ったじゃねえか! やっぱり処女じゃだめなんだよ! こんな大事な任務で!」 


 そう言って地団太を踏むバレンシアは、あられもない下着姿だった。上も下もおそろいの黒い下着だ。


「おいレンジ」


「は、はい」


「まだ残ってんな」


「ええ?」


 息の荒いバレンシアが迫ってくる。普段の鎧姿でも想像はついていたが、裸に近い格好の今は、その凄い身体が際立っている。とにかく胸がデカい。筋肉が盛り上がった胸囲も圧倒的だが、カップも相当ある。

 全身の筋肉が橙色のランプに照らされて、その陰影を際立たせていた。


「ブチ犯して、搾り取ってやる!」


 バレンシアがレンジににじり寄りながらそんな怪気炎を上げると、ライムがすぐにツッコんだ。


「なに言ってんのよバカ。あんたが搾り取られるほうでしょ。レベルを」


「いえ、ここは私! 私の出番であります!」


 そう言って、後ろからマーコットもやってきた。こちらも上下ともに赤い下着姿だった。均整のとれたスマートな身体だが、出るところは出ている。幼い言動や表情と、その成熟した肢体のミスマッチが、レンジの脳をぶん殴った。


「やめろマーコットこら。順番守れ」


 バレンシアが、後ろから来たマーコットの顔をアイアンクローで止めた。

 マーコットは鷲掴みされた顔を歪めながら、なおも前進しようとしていた。


「むぎぎぎ。私は、レンジ殿に求婚された仲でありますぞ!」


「それは違う!」


 レンジが叫んだ。


「うにににににぃ。1回目の腕相撲勝負は私の勝ち。2回目のジャンケン勝負はレンジ殿の勝ち。3回目のせっくす勝負で決着をつけるでありますぅ!」


「しつっけえぞマーコットごらあ!」


 レンジが目を白黒させていると、扉からさらに2人入ってきた。


「仲間同士でなにやってんスか副団長」


「だめですよ。レンジ様を困らせては」


 1班班長のイヨと、2班班長のビアソンだった。ビアソンは、ぽわんとした顔つきの背の高い女性だったが、大胆な紫色の下着に、ガーターベルトを着けている。

 イヨに至っては、すっぽんぽんだった。どうやってここまで来たのだろう。


「揃いも揃って、なんて格好してんのよみんな」


 ライムが額に手を当てながらそう言うと、マーコットが振り向いて反論した。


「ライム殿だって、さっきえっちなパンツを履いてたの、見たであります!」


「そういや、ライムてめえ、そのリボン!」


 バレンシアがライムの頭を指さした。ライムの服装は今まで通りのローブ姿だったが、今までなかった大きな赤いリボンが頭の上で揺れていた。


「こ、これはその」


 ライムが狼狽して頭の上のリボンを掴んだ。やがてうつむきながらボソボソと言う。


「ま、魔法使い同士のほうが、相性がいい可能性だってあるわけだし」


 うつむいて人さし指同士を合わせるその仕草が、妙にかわいかった。


「わ、私もはじめてだけど……」


「だあああああ! どいつもこいつもサカりやがって。とにかくセトカが失敗した今は、副団長のアタシが次だ。文句はねえだろ」


 バレンシアがそう宣言したが、マーコットは顔を掴まれながら食い下がった。


「私は、今度えっちしようって、レンジ殿から言われたのであります!(言ってない)」


「うっせえ! だいたいてめえも処女だろうが!」


「もう処女じゃないであります! こんなこともあろうかと、さっきそのへんにいたおじさんで捨ててきたであります!」


「まじかよ。なにやってんだこのバカ!」


 バレンシアは驚きながら怒っていた。


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