第34話 賞賛なき凱旋

 それからしばらく進むと、道沿いにたくさんのテントが見えてきた。

 レンジは、王都圏に入ったのだろうかと思ったが、どうも様子が違っているようだった。

 テントの外では、炊事の煙が至るところであがっている。所在なくたむろしているしている人々は、みんな身なりのいい服を着ているものの、どこか薄汚れている。そしてさらに布を体に巻き付けて、寒さに凍えていた。だれもかれも表情はうつろで、疲れ果てているような顔をしていた。


「この人たちはいったい」


「おい。ジロジロ見てんじゃねーよ」


 レンジはバレンシアにそうたしなめられた。

 そんなテントの群れが、街道沿いに、どこまでも続いていた。


「難民よ。もっと北から、国を追われてきた人たち。5兆匹のスライムに、住む場所を、街ごと飲み込まれたのよ」


 ライムが教えてくれた。


「王都に入れてやらないのか」


「一部は受け入れているわ。でもとても追いつかない。いくつの国が滅ぼされたと思ってるの」


 レンジは、今北方諸国が直面している現実を目の当たりにして、事態の重さをあらためて認識した。


 一行は、静かにテントの群れの中を進んだ。

 難民たちは、騎士団の姿を見ても、目線で追うだけでなにも反応しなかった。

 レンジは、罵倒を想像していた。スライムたちを倒せない騎士たちへの不平不満を。罵詈雑言を。

 しかし、難民たちの目にはそうした怒りの感情は浮かんでいなかった。ただそこには諦念があった。すべてを諦めた者の、寄る辺のない悲しみだけがたゆたっていた。


 そんな彼らの灰色の視線のなかを、騎士団は進んだ。

 騎士たちの顔が張り詰めている。前を見据える瞳のなかに、静かな吹雪が舞っているようだった。

 レンジもまた、息を飲んでそれに続いた。


 前方に、ザルに一杯の銀貨と玉ねぎを交換している人の姿があった。宝石と服を交換している人もいた。

 ライムがぽつりと言った。


「中央平原の穀倉地帯も全滅。デコタンゴール王国も、備蓄を放出しているけど、これじゃあどこまで持つか……」


 レンジは、家に置いてきた300枚の金貨のこと思った。

 そうか。今北の国々は、そんな貨幣が役に立たなくなりつつあるんだ……。

 食料や、寒さをしのぐ服が、なにより足らないのだ。


 ふと、道のすぐ端に立つ少女の姿が目に入った。

 ぼろきれのような服を着て、裸足で立っている。

 迷子か、とレンジは思った。しかし、彼女の目を見て、それが間違いであることを悟った。


 少女の目には、親を、家族を探す意思はどこにもなかった。

 ただうつろな目で、彼女は静かに騎士団を見送っている。たった一人で。


 レンジは顔をくしゃくしゃにした。感情が爆発しそうだった。

 その肩に、そっと手が置かれた。


「レンジ殿。悲劇は、今目に映っているものだけではない。我々にはそのすべてを拾い上げ、助ける力はない」


 団長は優しいが、どこか張り詰めたような声で語りかける。


「だが我らには、我らにしかできないことがある」


「ああ。わかったよ。わかってるよ。……わかってんだ」


 レンジのなかに、再び火が灯った。そして、懐の杖を握った。安物の杖だが、手になじんで、今では欠かせない相棒だった。

 ほのかに木の温かみを感じた。

 その熱に、レンジは身を任せた。

 そうして、ようやく歩くことができた。



 テントの群れを抜けると、王都の城壁が見えてきた。田舎街で生まれ育ったレンジには、想像もできない高い壁だった。


 城壁の下にある関所に押し寄せている難民たちを、兵士たちが槍を構えて威嚇していた。

 レンジたちは、その難民の群れをかき分けて進んだ。


「近衛第三騎士団所属、聖白火騎士団だ。南方より、帰任した。通してもらいたい」


 セトカが難民をかきわけながら、番兵に叫んだ。

 ネーブルを立った時の壮観な騎士団の姿はなかった。多くの仲間を失い、歩き続けて疲れ果て、人ごみに揉まれ、城門にすがりつく。そこには凱旋の歓喜も、賞賛もない。

 そんな、世界を救うために命をかけて戦う勇者たちの姿を、レンジは目に焼き付けていた。




「ここがデコタンゴール王国の王都、レプトティルサだ」


 関所を抜け、ようやく城壁のなかに入れたレンジたちの前には、巨大な街が広がっていた。


「すげえ」


 田舎者のレンジには目がくらむような光景だった。同じ首都とは言え、辺境の国ヘンルーダ公国の田舎街ネーブルとは、雲泥の差だ。

 大きな通りには馬車が行き交い、その通りを囲むどの建物も背が高く、豪奢な造りで、鮮やかな赤いレンガで出来ている。道はすべて舗装されており、ネーブルのような埃っぽさはない。

 道行く人々も数えきれないほど多い。色白の北方民族だけでなく、西方諸国の民や、東方の浅黒い顔の人間の姿まであった。

 だが、しばらく歩きながら眺めていると、なんだか街から活気が感じられないことに気づいた。

 商店が並んでいるらしい場所には、シャッターが下ろされている店がちらほらと見えた。

 道の端で露店が開かれていたので首を伸ばして覗いてみたが、ほとんど売り物は並んでおらず、歩いている人たちもそちらをチラリと見ては、ため息をついていた。

 人々の顔も暗い。みんな、この国に迫る運命を悟っているかのようだった。


「あれは?」


 レプトティルサには、塔がたくさんあった。見上げると、そのどれにも、同じ色の旗が掲げられている。

 上が黒で、下側が青の2色で構成されている。柄はなく、地味な色合いの旗だった。


「ああ、あれねぇ。弔旗(ちょうき)よ」


 ライムが教えてくれた。


「このところずっと掲げられているわ。スライムの群れに襲われて、ほかの街や国が滅ぼされると、そのたびに弔意を示して、掲げてたの。それがあんまり続くもんだから、もう上げたり下ろしたりしなくなったの」


 それを受けて、団長が言った。


「かつてこのレプトティルサは、季節や行事ごとに様々な旗が掲げられていて、道行く人はみな楽しくそれを眺めていたものだ。それが今や、弔旗一色。みんな顔を上げることもなく、うつむいて歩いている」


「そうなのか……」


 レンジも陰鬱な気持ちになりながら、その旗の下を歩いた。

 大通りをしばらく進むと、大きな城にたどり着いた。


「王城、モーヒートだ」


 水で満たされている濠に囲まれた巨大な城だった。どんな石でできているのか、白い外壁はキラキラと光ってとても美しかった。

 濠にかけられた橋を渡っていく騎士たちを、周囲の人間たちはジロジロと見ていた。レンジは、まるで自分が場違いな存在に思えて、心細かった。

 先ぶれで、1班班長のイヨが走っていたので、今度の城門はすんなりと通ることができた。


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