第33話 まさかの球根


「おい。なあ。ライム。ライム様」


 歩きながら、なんだかずっとぶつぶつ言っているライムに、レンジはたまらず話しかけた。


「ライムでいいってば、気持ち悪い」


「さっき言ってたさ、F型ってなんだよ」


「……」


 ライムは陰鬱な顔をさらに陰鬱にしながら、頭をかいた。


「あのねぇ。あなた、レベル全然上がらなかったでしょ」


「えっ。そ、そうだよ。レベル6から全然上がんなくて。ていうか、その前から人の倍以上レベルアップが遅いっていうか。理不尽に」


 ライムは、はあ、と大きなため息をついた。


「人によってね、レベルアップしやすい、しにくいってのがあるの。魔法使いの上がりにくさとはまた別にねぇ。近年は、それを血液型みたいに分類してるのよ。あんたんとこの田舎じゃ知らないのかも知れないけど。測定器でも判別できるわ。F型ってのは最っ悪に上がりにくいやつ」


「え、まじかよ」


 レンジは自分の手のひらを見た。自分の弱さは、自分の努力不足のせいばかりではないと知って、少しほっとした。同時に、絶望感がじわじわと湧いてきた。

 それって、もう、冒険者としては致命的じゃん。最っ悪に上がりにくいやつて……。

 目の前が暗くなってきた気がした。


「あたしもF型よ」


「はあ?」


 ライムの言葉にレンジは耳を疑った。

 今、上りにくいって言っただろ! レベル150とかいうわけわからんハイレベル魔法使いが、なに言ってんだ。

 そう思って口を半開きにしていると、ライムはため息をついて続けた。


「F型はただ上がりにくいだけじゃなくて、いわゆる大器晩成型なの。最初は全然上がんないけど、どんどん壁を超えていくにつれて、加速度的にレベルが上がっていくのよ」


「大器晩成型!」


 突然レンジの人生に、光明が射した。大器晩成型。なんていい響きなんだ。そうか、俺は大器晩成型だったんだ。

 レンジは叫びたくなった。今まで俺を馬鹿にしてたきたやつ! 聞いたか! 俺は、まだやれるぞ! 追いついて、追い抜いて、てめえらの悔しがる顔を見ながらツイストを踊ってやるぞ!!


「でも言っとくけど、F型でレベル6とかで止まってるようじゃ、じじいになってもレベル10くらいよ」


「そんなバカな! じじいになるまでやってもかよ! じゃあライムはなんでレベル150なんだよ、おんなじF型で」


「同じって、あんたねえ。あたしがどれだけモンスター倒してきたと思ってんの。それも、あんたがちまちま、ちまちま、バカみたいな顔して狩ってたような雑魚モンじゃないわ。全んんっ部、魔王配下の魔物たちよ。あなたと一緒にしないで」


 そう言って、またライムはぶつぶつと言い始めた。


 大器晩成型かあ。


 レンジはじじいになってもレベル10と言われたことはさておいて、その言葉の響きを味わいながら、ニヤニヤしていた。


 スライムの群れの侵攻が予想よりも遅かったとかで、一行の歩みもやや緩やかになっていた。レンジもだれかに背負われることなく、なんとか自分の足でついていけていた。

 それにしても寒い。レンジには防寒着がなかったので、予備の厚手のマントを貸してもらって、それに包まって歩いていた。

 まだ冬の到来には早いはずだが、足元にはうっすらと雪が積もっていた。

 天気がいいのが救いか。

 上を見ると、空気が澄み渡っていて、空が高く感じる。そのはるか上空に、太陽が燦燦と輝いていた。


「なあ。マーコット。マーコットちゃん」


 道中、レンジは隣を歩くマーコットに話しかけた。


「スライム退治が終わったらさ。デートしない?」


 ほんの軽口のつもりだった。レンジにとっては、挨拶のようなものだ。

 しかし、マーコットの反応は、予想外のものだった。


「で、デート、でありますか?」


 髪の毛が一瞬、逆立ったように見えた。

 実際、マーコットはめちゃくちゃかわいい。やや幼い顔立ちをしているが、背はスラリと高く、スタイルは抜群だ。そして肌は北方民族特有の白さで、透明感があった。ほんのりと頬が赤いのがまたチャームポイントになっている。

 レンジは私服のマーコットを想像した。体にぴったりあうセーターを着ている。ミニスカートからは、白くて細い脚が伸びている。そして元気いっぱいな笑顔……。


 そのマーコットは、返事もせずにススス、と下がったかと思うと、後ろを歩くライムになにごとか話していた。

 それからしばらく、レンジの周囲で人が行ったり来たりして、なんだか落ち着かない雰囲気だった。

 なに、俺、なんかまずいこと言った?

 レンジの脳裏に、これまでに追放されてきたパーティで、セクハラ野郎と罵られてきた過去がフラッシュバックして、気分が悪くなってきた。


 数十分後、団長がわざわざレンジのところに来て、神妙な顔をして切りだしてきた。


「え、球根? チューリップとかの?」


 レンジは、どうして球根の話をされるのだろうと訊き返した。


「あ、球根じゃなくて、求婚。ねっこじゃなくて、結婚のね。って、求婚? 俺が?」


 俺はマーコットに求婚したことになっているらしい。どこでどう伝言ゲームがぶっ壊れたんだ。


 レンジが唖然としていると、団長は口ごもりながら続けた。


「わ、私たちは知り合ってまだ1週間くらいしか経っていない。それなのに、求婚とは、焦り過ぎではないだろうか。こういうことは、お互いの気持ちが高まりあって、ようやく至ることであって……」


「いや、ちょっと待ってちょっと待って。デートに誘っただけだから。デートに」


 レンジが弁解すると、団長は目を見開いて、自分の口を押さえた。


「なっ……! は、は、ハレンチな!」


「えー!」


 レンジはそれから、周囲の騎士たちに敬遠されるように距離をとられるようになった。

 護衛の3班もやや遠巻きだ。マーコットは顔を合わせてくれない。どうやらレンジは、立場を利用してハレンチな要求をするハレンチ野郎というレッテルを張られてしまったらしい。

 とぼとぼと歩いていたレンジだったが、話が通じそうな副団長のところへ歩み寄って、そっと話しかけた。


「あんたたち、普段どんな暮らししてんの」


 バレンシアは、ニヤリと笑って言った。


「アタシらは、小さいころから男子禁制の場所で隔離されて生活してるからな。王立学校を卒業してから入った聖白火騎士団も全寮制で、似たようなモンだ。外での任務もあるけど、アタシたちには市民権がなくて、任務外で寄り道するようなことは許されていない」


「え、そんな厳しい暮らしなの」


「団長とかはまた真面目だしな。アタシとかトリファシアなんかはよく寮を抜け出して遊んでたけど」


 バレンシアは小さい声でささやいた。


「マーコットも純粋培養の生娘だから、デートなんて言っても通じないぜ。おまえ、そんなにたまってんならさ……」


 レンジは、バレンシアの目線に気づいた。


「あ、あー。いやその」


 レンジは股間に手をやって、逃げた。


 なんなの。


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