第32話 不安の種
ヘビ桃騒動があった数時間後のことだった。
一行は、谷あいの土地を進んでいた。レンジは、ふと目をやった岩の上に、見覚えのあるモンスターの姿をとらえた。
見間違えるはずがない。激ウマモンスター。ナナフシグレートだった。
ナナフシグレートは木の枝に擬態することで知られる生き物だ。昆虫のようだが、れっきとしたモンスターだ。人間を襲うこともある。
そしてこのナナフシグレートは、ときおりこうした岩の上などで、日光浴をする習性があった。その時は、本物の枝と見分けることが困難と言われるその擬態は通用せず、無防備になるのだ。
そしてこのナナフシグレート、実に弱いモンスターなのだが、擬態時の状態が評価されているのか、経験点の多い藍色の魂を出すのだ。いつもスライムの紫色の魂ばかりを食っているレンジにとっては、藍色の魂はごちそうで、しかも安全に狩れるというラッキーモンスターなのだった。
レンジがレベル5になった時も、6になった時も、このナナフシグレートを倒した時だったので、その印象も強い。見つけたら是が非でも倒したいモンスターだった。
「ちょっと、待って、待って。ね! 3分だけ。いや、2分でいい。お願い」
レンジは団長にそう言って、岩の上のナナフシグレートを指さした。
「あれ狩らせて。お願い」
団長は呆れた顔をしたが、ちょうど次の小休憩のタイミングだったので、全体に号令をかけて、各自休憩をとらせることにした。
「やった! ようし。一発で仕留めるぞ」
レンジは岩の前にそろそろと近づいていき、たまたま転がっていた木の枝などではなく、日光浴中のナナフシグレートであることをあらためて確認すると、ゆっくりと杖(ロッド)を振り上げた。
「ボルト」
静かにそう言った。
紫色の閃光が走る。
「あれ?」
レンジは首を傾げた。
「どうしたレンジ殿」
セトカが近づいてきた。
「いや、その……。逃がしちゃった」
かっこ悪いところを見られて、レンジは気まずかった。
「なにやってんのよ。だっさ」
ライムも嫌みを言いながらレンジのところにやってきた。
「ナナフシグレートでしょ。あんな鈍感な雑魚モンに逃げられるかね、普通」
ライムがそこまで言ったとき、彼女の目が見開かれた。
「せ、セトカ!」
緊迫した声で、団長に呼びかける。団長も、ライムのただごとではない様子に驚いて、眉をひそめた。
「どうした」
ライムは岩の上に登った。そして、ナナフシグレートのいたあたりを見下ろした。
すぐに下りてきて、団長に耳打ちをする。
「えっ」
団長も目を剥いた。そしてレンジのほうを見た。
「ちょ、ちょっと待って。測定器測定器」
ライムは下げているバッグから、レベル測定器を取り出した。レンジの持っているものと似ているが、明らかに高級品の装いだった。
「測らせてくれる?」
「いいけど、そんなことしなくても俺、レベル6だよ」
「レベル、6?」
団長が放心状態で棒立ちになっている。
「あれ? 言ってなかったっけ」
「いいから測らせなさい。はい、これ握って」
レンジが測定器の先端を握ると、目盛が動き出す。
「6ね。確かに」
ライムは、休憩中のほかの仲間たちのほうをチラリと見て、団長に目くばせした。
団長はうなづいて、「ちょっと、内密な話がある」と、護衛隊長のマーコットに向かって言った。
「わかりましたであります」
そうして、団長とライムはレンジを岩陰に連れて行った。
するとライムがいきなり杖を振って、地面から土くれがむくりと起き上がった。
「ミニゴーレムよ。こいつにボルトを撃ちなさい」
「なんだよ、いったい」
「いいから」
有無を言わせないライムの剣幕に気おされながら、レンジはボルトを放った。雷は直撃し、そのままミニゴーレムは土に還った。
ライムはその土に、なにかの機械を差し込んだ。そして表示された文字を、団長に見せた。
「どうしようセトカ。こんなの想定外よ」
「落ち着いて。あなたがしっかりしないでどうするの」
うろたえる二人を見ながら、レンジはなにが起こっているのかわからずに、立ち尽くしていた。
「れ、レンジ。もう一回測らせなさい」
「またレベル測定器かよ。さっき測ったろ」
「いいから」
ライムは、今度は中央の目盛ではなく、下の方についている謎の表示盤を食い入るように見ていた。レンジの持っている安物にはついてない機能のようだ。
「え、F型……」
そう言って絶句している。
「F型ってなに」
「知らないのね。あなたどこの大陸の人よ。同じ人間なのになんでこんなに文化が違うの。文化って言うか、文明レベルって言うか」
「なんだよ失礼だな。わけわかんないよ、さっきから」
「終わったわ。終わった。全部終わりよ」
投げやりにそう言ったライムは半笑いだ。
「あんたが毎日毎日、バカみたいな顔して倒してたっていうスライム。あれね、私たちの知ってるスライムと違うのよ。どうやらね!」
「バカみたいな顔ってなんだその言いぐさはコラ」
「ライム!」
団長が笑い出したライムの口をふさいだ。そして顔を寄せて耳打ちをする。
「え?」
ライムは驚いて団長の顔を見た。
そして団長はもう一度ライムに耳打ちをする。
「本気なのセトカ」
「それしかないだろう」
団長は狼狽しているライムの肩を優しく叩いた。
「結局なんなの。俺がなにかまずいことしたの?」
おいてけぼりのレンジは、不満であると同時に不安でもあった。心臓がドキドキしていた。あきらかに、二人の様子はただごとではなかったからだ。
「レンジ殿。説明は、国に帰ってからしよう。とりあえず今は無事に帰ることを優先したい」
団長にそう言われ、レンジは首を傾げながらもうなづいた。
その横でライムが、ぶつぶつとなにごとかつぶやき続けていた。
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