第31話 ジャンケン対決その1


 日の光が見え始めた時、みんなの足が自然と速くなった。

 巨大な山脈の地底を歩き続けて5日間ほど経っていた。その間、まともに休息もとれていない。空間転移装置によるショートカットがあったとはいえ、永遠にも思える閉鎖空間のなかで魔物の襲撃を受け続け、歴戦の騎士団の精鋭たちにも、疲労の色が濃くなっていた。

 そんななか、ついにたどり着いた地下の回廊の果てに、だれもが身を震わせるような開放感を覚えていた。


 洞窟を抜けた先は、山肌にゴツゴツとした巨大な岩が点在している場所だった。思ったより、標高の高い場所だ。地上はかなり下にある。

 肌寒い。足元には雪が積もっている。


「立てるか」


「ああ」


 バレンシアの背中から下りたレンジは、東の果てにその太陽を見た。地平線の彼方に、目のくらむ輝きを放つ姿を。


「朝日だ」


 刺すような太陽の光に、レンジの目から、自然と涙が流れ出た。ここ数日で流したどの涙よりも、気持ちのいい涙だった。



 山脈地帯を抜けた一行は、平地へとなだらかに下っていく道を急いだ。

 途中で、山の観測所のような山小屋に入り、久方ぶりの休息と睡眠をとることができた。

 道中の半分近くをだれかの背中で過ごしたはずのレンジですら、横になると全身の疲労がどっと顕在化し、指一本動かせなくなったほどだった。


「デコタンゴール王国までは、ここから2日ほどだ」


 セトカの説明に、レンジは指を折って数えた。


「やっぱり西回りより、かなり早く着くな。4分の1もかからないくらいか」


「ああ。そうして稼いだ時が、無駄にならないように祈りたい」


 火が使えたので、久しぶりに暖かい食事をとることができた。全員の腹が膨れたあとで、山小屋の隅でライムが丸いものを叩いていた。


「あ、つながった、かも」


 大きな水晶玉だ。ライムがそれに向かってなにごとか話しかけている。魔法言語だ。なにごとかとレンジが近寄ったが、内容はわからなかった。


 しばらくして、ライムは水晶玉を袋に入れて振り向いた。


「団長。少しだけど、通信できたわ。デコタンゴール王国は無事よ。スライムの群れは北の湿地帯で足止めを食ってるみたい。予想よりも侵攻が遅いわ」


 セトカはそれを聞いて、声が大きくなった。


「ジョン王の湿地帯か!」


「ええ。なにか運命のようなものを感じるわね」


 セトカは拳を握りしめている。レンジにはわからないが、彼女たちにはそれがなにか大きな意味を持っているようだった。



 最低限の体力を回復させ、再び出発した一行は、ぐんぐんと勢いよく王国への道を進んでいった。


「あ、あれは、もしかして」


 レンジがそれに気づいたのは、休憩中の時だった。近くの藪のなかに、ヘビ桃を見つけたのだ。


 レンジが近づこうと腰を上げるのと、マーコットが立ち上がるのが同時だった。

 お互いに顔を見合わせる。そしてチラリと向ける視線の先が同じ場所にあるのを確認した。


「私が先に見つけたのであります」


「いや、俺が先だった」


 ヘビ桃は、野生の木の実だ。ヘビが好物としていることからその名がつけられている。めったに見かけることはないが、その実は本物の桃よりも甘く、偶然に見つけた子どもにとっては最高のおやつだった。

 レンジも子どものころからこれが大好物で、大人になった今でも、藪の中で見つけたら小躍りして採りに行くほどだ。

 それはマーコットも同じようだった。全く譲ってくれそうな気配がない。

 レンジが足を動かそうとすると、マーコットもピクリと反応する。


「俺が先だ」


「私が先であります」


 ヘビ桃は1つしか生っていないようだ。

 レンジは考えた。


「マーコット。ここはひとつ、ジャンケンで勝負だ」


「ジャンケンでありますか……。わかりました、であります」


 レンジはマーコットに腕相撲では負けたが、ジャンケンならば勝算があった。


「かかったな、マーコット。俺は昔からジャンケンには自信があるのさ!」


「私も負けません」


 マーコットの鼻息は荒い。


「ようし。最初はグーだからな」


「は? なんですか、その怪しげなルールは」


「知らんのか。古代イガリア王国のジャンケン王、チョースカ1世の定めた公式ルールだぞ」


「よくわからないでありますが、最初はグーを出せばいいのでありますな」


「そうだ。行くぞ。いいな。さーいしょは、グー!」


 声を合わせて、2人は同時に拳を出した。


 レンジはチョキ。マーコットはパーを出していた。


「!!!!」


 マーコットは自分の右手のパーを見つめて、唖然としている。


「ひ、卑怯であります! 最初はグーって言ったのに!」


「卑怯はそっちだろ。パーを出してるくせに。俺はグーに負けてやろうとして、チョキを出したんだぞ」


「嘘であります! 絶対なにかインチキをしたであります!」


 マーコットは憤慨して足を踏み鳴らしている。


 実のところ、レンジは目だけは昔から良かった。それも動体視力が。

 相手が『最初はグー』と言って、握りこぶしの形で振り下ろされるその刹那の瞬間に、そこから5本全部開くのか、中指と人さし指だけ開くのか、それとも握りこぶしのままなのか、レンジには寸前に見分けることができた。

 やたら勝つので、レンジの周囲の人間はもうレンジとジャンケンをしてくれなくなっているほどなのだ。


「へっへっへー。じゃあヘビ桃いただき」


 レンジはマーコットの見ている前でヘビ桃を枝からもぎ取り、ひと齧りした。


 うまい。うますぎる。甘さと酸っぱさの黄金比。園芸作物では出せない、野生味に溢れた奇跡のハーモニーが舌の上で踊っている。


「ひっく……わ、わたしがっ……先に、ヘビ桃、見つけたのでっ、あります……」


 レンジが桃にかぶりつくその横で、マーコットが目に大粒の涙を浮かべていた。


 え。マジ泣きじゃん。


 レンジは固まった。

 その騒ぎを聞きつけて、他の騎士たちが集まってきた。そしてレンジは、ヘビ桃大好きかわいいマーコットを泣かせたやつ、として全員から非難を受けることになった。


 結局、仲良くはんぶんこして分けることになったのだった。


「えへへ」


 半分もらったマーコットは嬉しそうだった。それを見てレンジも、まあいいか、と思って残りを口に放り込んだ。

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