第7話 もうらめ


 思わず心の声が外に出てしまった。


「あ、ごめん。なんでもねえ。でも話はわかったよ。そういうことだったのか。ボルトがね」


 レンジは驚きながらも、自分を納得させるようにうなづいた。

 身を乗り出していたセトカが、レンジとの顔の距離が近すぎることに気づいて、恥ずかしそうに姿勢を正した。


「……そうだ。我々は、使い鳩などを駆使して『雷を呼ぶ者』の行方をたどり、この国で彼がすでに亡くなっていたことと、その孫が同じ魔法、ボルトを使う、という情報を掴んで、急ぎここへやってきたのだ」


「ボルトなんて、じいちゃんがよく使ってたし、俺も使うから、この街じゃあそんな珍しい魔法だなんて、みんな思わなかったんだろうな」


 そんな貴重な古代魔法だなんて知っていたら、もっとみんな俺のことをチヤホヤしてくれただろうに。


 そう思うと、レンジは残念な気持ちになった。


「だいたい、魔物なんて基本、狭いダンジョンで出くわすもんだし、そんな遠くまで届くなんて思いもしねえよ。試したこともねえ」


 ぶつぶつとそう言う。


「いかに数が多くとも、しょせんはスライム。一体一体、すべてに範囲魔法を当てさえすれば、殲滅できる。そなたは見渡す限りのスライムの群れを一撃で全滅させられるのだ」


 セトカはキラキラと瞳を輝かせている。

 レンジもその自分の姿を想像した。

 大地を覆う、スライムの群れ。杖を構えて、雷魔法を放つレンジ。稲妻が先頭のスライムに命中するや、まるで水平方向に落雷が広がるように放射状にその電撃が拡散していく。凄まじい衝撃。充満する焼け焦げる匂い。スライムたちの阿鼻叫喚。ノート10冊分にも及ばんとする、面白断末魔コレクションの爆増。

 背後では、世界中の国の人々がレンジを称賛している。剣士シトラスや、これまでにレンジを振ったパーティの憎っくき面々が涙を流して許しを請う姿。盗賊ラウェニアが、ぷるんぷるんの胸をレンジに押し付けて「結婚して!」と懇願。

 凄い。凄すぎる。もう人生終わったと思っていたのに、まさかこんなかっこいい自分に出会えるなんて。


「あれ? 俺、超イケてる?」


「そうだ。そなたは魔王の野望を打ち砕く、我らの希望の光だ。引き受けてくれるな?」


 セトカは、テーブルの上の金貨の袋をガシリ、と掴んでレンジに突き出した。


 そうか。俺はこのために生まれてきたのか。

 どんなにくじけそうになっても、諦めずに冒険者を続けていたのもこの時のためだったんだ。


 レンジはゆっくりと首を縦に振った。


「感謝する」


 セトカが頭を下げた時、テーブルに料理が運ばれてきた。


「ほらよ。まずはヘンルーダ名物、蒸し鶏のスパイス包み。まだ出すからな」


 店主が湯気の立つ皿を、次々と各テーブルに置いていく。


「まず腹ごしらえだ」


 女騎士たちは、目の前の料理に手を伸ばした。

 圧巻の食いっぷりだった。あっという間にその胃袋に収まっていく。彼女らはみな酒を断り、水で喉を潤している。

 店に入りきれない表の仲間たちも交代で食事をとっていった。

 そうして一通り出された料理を食べ終わると、団長セトカが代表して店主に礼を言った。


「では急ぐとしよう。我が国へ」


「え、今から? もう?」


 レンジが戸惑っていると、セトカはその肩を両手で掴んだ。力強い手だった。


「この瞬間にも、スライムたちの進軍は続いている。やつらの足は遅いが、この作戦にいたるまでに時間を空費しすぎた。もはや我々に残された時間はわずかなのだ」


 その迫力に押され、レンジはうなづくしかなかった。


「わ、わかったよ」


「ではさっそく戻ろう。カラマンダリン山脈へ」


「え? 今なんて?」


 レンジの背筋に、嫌な予感が走った。


「えーと。もしかして、西回りでも東回りでもなく、あんたたち、北から、あのカラマンダリン山脈のダンジョンを抜けてきたのか?」


「ああ。魔神回廊が、北から南へ渡る最速のルートであるゆえ」


「ほ、ほんとに魔神回廊を抜けたのか、あんたら!」


 かつて魔神回廊に挑んで死んでいった、数多くの名うての冒険者たちや、祖父オートーの姿が浮かんだ。


 セトカやバレンシア、ライムもマーコットもレンジの驚きぶりに、きょとんとしている。


「まじかよ。……あんたたち、いったいレベルいくつなの?」


 恐る恐る訊ねると、セトカからこんな言葉が返ってきた。


「我が聖白火騎士団は、全員がレベル50以上の者で構成されている」


「ご、ごじゅうぅぅ?」


 このヘンルーダの首都ネーブルで最強の冒険者はだれかと訊かれたら、みんな、剣士ギムレットと答えるだろう。

 人間を相手にすることを前提として訓練しているヘンルーダ公国の兵士など、人の力を超えた魔物相手に日夜死闘を繰り広げている冒険者の力の足元にも及ばない。

 その頂点であるギムレットが、レベル30なのだ。


 レベルは、キリのいい数字に壁があると言われている。例えばよく言われるのが、レベル10の壁だ。

 すいすいとレベルを上げていった若手の冒険者がぶち当たるのが、レベル10の壁で、ここでピタリと止まってしまうことが多いとされる。長年研鑽を積んでようやくレベル11に上がる者もいれば、まれにあっさりと抜けていく者もいる。そこは残酷なセンスの違いというやつなのだ。


 しかし、レベル10の壁を抜けた者が、次に引っかかるのがレベル20の壁であり、ほとんどの冒険者がここで完全に足止めを食らうことになる。

 それ以上、1レベルも上げることができないまま、引退するのだ。


 ギムレットはその20の壁を抜けた数少ない冒険者の1人であり、さらに『最後の壁』、レベル30に到達した生ける伝説ともいえる男なのだ。

 最初の壁である10にも到達できずに、レベル6で長らく止まっているレンジには、レベル30など想像もつかない世界だ。


 なのに、なんつった今。


「もっともレベル50くらいの子はまだ見習いだけどねぇ。今回ここへ来ている正規団員は全員レベル100以上だよ。ふひひ」


 ライムの根暗な声に、レンジは飛び上がった。


「ひゃ、ひゃくうぅぅぅぅぅッッッ?!!!」


 ありえない。ありえない。こんな、かわいいお嬢さんがたが?

 レベル100?

 意味がわからん。ていうか、そんな先までレベルってあるの?

 俺の持ってるレベル測定器、20までしか目盛りないんだけど。


「アタシは、レベル172だ」


 副団長バレンシアが言った。


「ひゃ、ひゃくななじゅうにいぃぃぃっっっっッッッ!!!???」


「私マーコットと、ライム魔術師長はレベル150であります!」


 マーコットは背筋を伸ばして報告した。


「そして、我らが騎士団長、セトカ様は我が国でも10人といない『到達者』、レベル200の剣士であられます!」


 マーコットの紹介に、セトカは照れ隠しのようにコホンと咳ばらいをした。


「ににに、にひゃくうううぅうぅぅぅっっっっっっッッッッッ!??!!!!!?? もうらめえええええええええぇぇぇぇ」


 ビクンビクン!


 レンジは痙攣して椅子から転がり落ちた。

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