第6話 特別な魔法



「今回、8人の者に並ばせた。煙はいくつだ」


 セトカが道の先を指さしてレンジに訊ねる。


「え。……8つ」


「160メートルだ。1匹目から数えても、そなたの魔法は、140メートルは届いていることになる」


 8番目を買って出ていた6班の班長マーコットは、一番遠くでピョンピョンと跳ねて、両手を振っている。


「バッチリやっつけてるでありまーす!」


「もちろんさっきのが上限とは限らない。もう一度試してみよう」


 セトカは、残った騎士に別の指示を出した。彼女たちは、今度は道の反対側へ走った。

 そして、同じように20メートル間隔でスライムを置いていく。


「真横に魔法を出せるか」


「真横? そんなことしたことねえよ。狙いが定まるかな」


 戸惑うレンジに、ライムがすり寄ってきた。


「ちょっとごめんねえ」


 そう言って、レンジの頭を両手で抱えた。


「あの、ちょっと、なに?」


「君の空間把握力をぉ。拡大してあげるの」


 ライムが魔法言語を小さな声で詠唱すると、レンジの頭の中に急に、今までにない不思議な感覚が訪れた。


「なんだこれ」


 世界が、同じ大きさのまま、広くなったような感覚。


 そうとでもいうほかない、不思議な感覚だった。


「さあ、これでよぉし。真っすぐあたしの方を見てぇ」


 ライムは向かいの店の壁を背に立った。道は、左右に伸びている。


「あたしのほうを向いたまま、左右のスライムちゃんたちをやっつけてみせてぇ」


「ええっ。そんなこと……」


 できる、気がした。今までのレンジにはなかった、成功への予感。それが体のなかに満ちていた。


 元の道のスライムたちも補充された。左右に16体のスライムが20メートル間隔で並んでいる。


「ほら、勇気を出して、あたしに向かって杖を振るの」


 セトカを見ると、彼女もうなづいている。

 信用されている。

 レンジはここしばらく経験したことのない感覚に、身震いした。


 よおし。やるんだ。


 前にいるライムの方を見ながら、同時に左右のスライムを見ている。

 いける。

 レンジは杖をライムに向けた。


「ボルト」


 大声を張り上げず、静かにそう言った。

 次の瞬間、左右に閃光が走り、道の先のスライムたちを貫いた。

 ライムも無事だ。ニヤリと陰気な笑みを浮かべている。


「できた!」


 セトカを見ると、素敵な笑顔だった。すると突然、後ろからバレンシアが飛びついてきた。


「やったな!」


「うげェ」


 凄い力で抱きすくめられ、彼女の着る鎧の突起部分の形に添って体が変形しそうになった。

 ただ、その密着により女性のいい匂いがして、海綿体はそれにしっかり反応していた。


「ちなみにぃ。さっきの空間把握力の拡大魔法はただのきっかけだから、一度慣れたら自分のものだよぉ」


 そんな魔法、聞いたこともなかった。レンジはライムに「ありがとう!」と言った。


「目立ちすぎたな。店に戻ろう」


 セトカが片付けを指示して、レンジたちは店の元の席についた。


「左右、300メートル以上にわたり、範囲魔法が届いた。これがどういうことかわかるか」


 セトカが興奮のまだ収まらない様子で言った。身を乗り出し気味で、さっきまでより、レンジとの距離が近い。


「俺が、天才ってこと?」


「あ、それは違う」


 あっさり言われ、ちょっとショックだった。


「ボルトだ」


「は? ボルト?」


 セトカがライムを見る。それを受けてライムが言った。


「ボルトはねぇ。世にも珍しい古代魔法なの」


「古代魔法ぉ?」


「古代の範囲魔法は、今と違って距離の制限がなかったみたいなの。とんでもないことよねえ。目が届く範囲のモンスター、全部に効果が及ぶの。いわば、超範囲魔法。一撃必殺ならぬ、一撃虐殺ぅ? ひひひ」


 ライムが物騒なことをボソボソとした口調で言った。


「あたしたちはぁ、古文書を紐解いたり、あらゆる伝承を調べて、探しに探したのぉ。現代に生き残っている超範囲魔法がないかって」


 その続きは、セトカが受けた。


「他国に駐在している者の力も借りて探していると、一つの魔法に行き当たった。知っての通り、魔法を習得するには、魔法書による契約が必要だ。最後に超範囲魔法の魔法書が確認されたのは、数十年前ある西の国の骨とう品屋でそれが2つ買われたというところまでだった。それが雷系の第一階梯魔法、アルファ・ボルトの魔法書。買ったのは、西方諸国で名を馳せた魔法使い、『雷を呼ぶ者』だったという。そなたの祖父だ」


「じいちゃんが……」


 祖父オートーは確かに若いころ、西方諸国を巡っていたと聞いた。『雷を呼ぶ者』の二つ名も、そのころについたものだそうだ。



『よいか、レンジ。これからお前が契約するのは、ボルトという、とても珍しい魔法だ。お前はやがて、この世界を救う英雄になる人間だ。その時、きっとこの魔法は役に立つじゃろう』




 祖父の言葉が脳裏によみがえる。

 レンジは、心の中の祖父に謝った。


(じいちゃん、ごめんよ。俺、そんな特別な魔法を、スライム倒すのにばっか使ってたよ……)


「……って、結局スライム倒すのに使うんじゃねーか!」

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