第5話 モチィッ


「で、なんで俺なんだ?」


 深呼吸を繰り返し、ある程度落ち着きを取り戻したレンジは、セトカに訊ねた。


「言っとくけど、『雷を呼ぶ者』は俺じゃなくて、俺のジイさんで、しかも15年前に死んじまってるぜ」


「それは承知している」


 セトカは顔を上げた。


「我々は、ある魔法を使う人間を探していたのだ。古文書を紐解き、魔王の操るスライムの大群の行進を止めるすべを探していた時、それは天啓のごとく示された。レンジ殿。そなたが、我々の、我が国の、残る北方諸国すべての、ひいては世界の、唯一の希望なのだ」


 セトカはそう言って、テーブルの上のレンジの手を取り、その両手で握りしめた。

 暖かい手だった。

 なんだかわからないが、レンジの胸は高鳴った。下腹部の海綿体に血が集まっていくのを感じる。

 おい、だめだ。こんなところで。いくら遠征帰りで溜まってるっていっても、ここではまずい。まずいって。おい。


「ダメだってば」


「え」


「あ、いや、なんでもない」


 レンジは思わずセトカの美貌から目をそらした。


「団長、見せて説明したほうが早い」


 副団長バレンシアの言葉に、魔法使いのライムもうなづいた。


「うん。そうだな」


 セトカはレンジの手を離し、立ち上がった。


「レンジ殿、ちょっと外へつき合ってくれ。このテーブルの者以外は全員そのまま待機」


 レンジたち4人が連れ立って出た店の外には、騎士たちと、数人の魔法使いのローブを着た者たちがいた。

 彼女たちを、近所の人間たちが物珍しそうに見ている。


 セトカはなにごとか騎士たちに指示を出した。すると騎士たちは店の前に伸びる道の先へと駆けていった。

 そのすがら、道行く人間たちに、道の端へ片寄るように声をかけている。


 舗装されていない土の道に、騎士たちが20メートルほどの間隔で立ってこちらを向いた。

 住民たちは往来から離れ、なにごとかと遠巻きに眺めている。


「ライム、頼む」


 セトカの指示に、ライムは気だるそうに「ええー、あたしぃ? なんか、噛ませ犬にされるみたいでやだなあ」


 ぶつぶつ言いながら、道の真ん中に立ち、杖を構えた。


「離れて見てろよ」


 そばにいたレンジを、バレンシアが引っ掴んで下がらせた。

 セトカがライムを手で指し示しながら口を開く。


「レンジ殿。これからライムが使うのは、範囲魔法である、アルファ・ティドンだ。雷系の第一階梯の魔法」


 セトカは道の先の騎士たちに手を挙げて合図した。

 騎士たちは手に持っていた黒いカゴのようなものから、なにかを落とした。

 それはぷるん、と地面で揺れた。スライムだった。


「さっきその辺で捕まえたスライムだ。スタンさせてある」


 騎士たちはスライムを道の中央に残し、下がった。

 スライムたちは動かないままだ。

 一番近いスライムから、「しびびびび」という声がする。

 もちろん小刻みに震える体の中から空気が漏れている音にすぎない。


「じゃあいくねえ」


 ライムは魔法言語を詠唱し、杖をかざした。


「ティドン!」


 その言葉とともに、杖の先からピシャアッ!と大気中に閃光が走り、スライムに電撃が命中した。


「モチィッ」


 断末魔の悲鳴。いや、音がした。スライムは蒸発し、いた場所からは煙が立ち上っている。


(あいつ今、モチって言ったな)


 スライムの面白断末魔マニアのレンジが、心の一頁にそれを書き留めた時、セトカが道の先に指をさした。


「見てくれ。どこまで魔法が届いたか、わかるだろう」


 そう言われて目を凝らすと、道の先4匹目のスライムまで煙になっているようだ。その先にいるスライムは生きている。魔法が当たらなかったらしい。


 遠巻きに見ていた住民たちは、突然の魔法に怯えて引っ込んでしまった。

 

「4匹目までだから、ここから80メートル地点まで届いている。当たった1匹目からは、およそ60メートル。これが範囲魔法の限界だ。使用者の熟練度により、多少は前後するが、我がデコタンゴール王国でも指折りの攻性魔法使いであるライムでも、この距離が魔法の届く限界範囲ということだ。もちろん、命中させるだけなら、かなり長距離でも可能だが、そこから範囲魔法が効力を発するのはあくまで60メートル以内、ということになる」


「はあ」


 あまり範囲魔法の効果範囲について深く考えたことはなかったが、こうやって実証されると、なるほど、そんなものなのか、と思わされた。


「では、レンジ殿。次にそなたの魔法を見せてもらいたい」


「え、俺の?」


 道の先では、騎士たちがまたカゴからスライムを出して補充していた。


「こんなまっすぐ飛ぶかなあ」


 頭をかきながら、レンジは腰のホルダーから杖を抜いた。


「同じ雷系の魔法、ボルトで頼む」


 セトカにそう言われたレンジは、少しでもいいところを見せたいと見栄をはった。


「俺の得意なの、風系のベータ・ジールドなんだけど」


 魔法は、雷、風、火、といった系統のほかに、階梯というその威力による分類がある。

 第1階梯はアルファ、第二階梯はベータ、第三階梯はガンマ、と言った具合に、魔法の名前の前に階梯称号がつく。レンジの使うボルトも、厳密にはアルファ・ボルトだ。


 魔法は、使用者のレベルが上がると、勝手にベータ、ガンマと上がっていくわけではない。風系のアルファ・ジールドとベータ・ジールドはあくまで別の魔法だ。それぞれ個別に習得する必要がある。


 レンジの使える第二階梯の魔法は、そのベータ・ジールドだけだった。風の刃で敵を切り裂く、レンジの最強範囲魔法だ。


「いや、ボルトで頼む」


 セトカにそう繰り返され、レンジは仕方なく、杖を握り直した。

 深呼吸をしてから、魔法言語を詠唱し、杖を振りかざす。


「ボルトォッ」


 先ほどのティドンは青白い閃光だったが、ボルトは紫色の閃光だ。その光が真っすぐに道の先へと飛び、スライムたちを直撃していく。


「あぢぁっ」


 遠すぎて1匹目の断末魔しか聞こえなかったのが残念だが、その先のスライムたちにも魔法は当たったようだ。道の先にも煙が立ち上っている。

 レンジはちょっとホッとする。

 そのレンジに向かって、スライムたちから抜け出た紫色の魂の欠片が、すぅっと吸い込まれていく。


「素晴らしい」


 セトカは興奮気味に手を叩いた。


「さあ自分の目で見て欲しい。どこまで届いたか」


「どこまでって」


 そう言われてよく見ると、だいぶ先まで煙が上がっている。

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