第4話 スライム、いーっっっっっっっぱい!
団長は周囲の騎士たちに指示を出した。
「総員。ここで食事をとることにする」
団長に指示に、全員がきびきびと席についた。
副団長が店主に言う。
「もちろんただでとは言わん。これでどうだ」
そしてテーブルの上の金貨を手に取った。
「え、またそこから取るの?」
レンジは思わず、散らばっている残りの金貨を布袋のなかに急いで放り込んだ。
「腹に入ればなんでもいい。我らは粗食に慣れている」
副団長の物言いに、店主は頬を膨らませた。
「なんだい粗食って失礼な。ヘンルーダ名物の美味いもの、たらふく食わせてやらあ!」
そう言って、店の奥に大声を出した。
「おいバアさん起きろ! 団体さんだぞ。今日は夜の営業もなしだ。裏に行ってうちの嫁も連れてこい」
それから、団長はレンジの占拠していた隅のテーブルについた。
「失礼する。順を追って説明させて欲しい」
団長の目くばせで、他にも数人が同じテーブルについた。
「あらためての紹介となるが、私が神聖デコタンゴール王国、聖白火騎士団、団長のセトカだ」
セトカって言うんだ。かわいい名前だなあ……。
レンジはすぐ向かいに座った女騎士の顔をまじまじと見つめた。メチャメチャかわいいんだが。去年のミス・ネーブルより1.2倍くらいかわいい。
結婚してくれないかなあ……。
「そしてこっちが」
「副団長のバレンシアだ」
巨体のバレンシアが座ると一気にテーブルが狭く感じられる。均整の取れた体型なので、遠近感が狂う。鎧と合わせていったいどのくらいの重量があるのだろう。
椅子がミシミシと音を立てていた。
「あたしはー、魔術師長のライム。よろしくねぇ。ふひひ」
緑色のローブを身に着けた魔法使いだった。根暗そうな顔には、長い髪の毛がかかっていて、陰鬱な雰囲気を助長していた。
「私はマーコットであります! 21歳の若輩ではありますが、第6班の班長を任されております!」
敬礼しながらそう言ったのは、元気そうな赤毛の女騎士だった。白い肌に、頬がかすかに赤く、そこがチャームポイントになっていた。
「第6班て。何人いんのあんたら。それにみんな女みたいだけど」
「聖白火騎士団は総員が女性で構成された騎士団だ」
団長セトカが答える。
「ひと班6名で6班まである。それに魔術師隊5名に団長、副団長を合わせて総勢43名だ」
「43? そんなに?」
レンジが見まわそうとすると、
「表の警護にもまだ人を残している」とセトカ。
「ふうん」
レンジがそう言った瞬間だった。
セトカの手が、テーブルの上のカラのジョッキの飲み口をふさいだ。
「悪いが、ここからは酒気は控えてもらいたい」
レンジは驚かされた。今、自分はたしかに一瞬カラのジョッキに目がいった。そしてもう一杯飲みたい気持ちが湧きかけた。
その心の動きを、おそらくレンジよりも早くとらえて機先を制されたのだ。
動きの俊敏さといい、団長の身のこなしはただ者ではなかった。
「自然の巨大防壁たるカラマンダリン山脈に守られた南方諸国の人間には実感がわかない話かも知れないが、いま、我ら北方諸国は魔王の軍勢の猛威により、かつてない危難のなかにある」
セトカの言葉にレンジは目を剥いた。
「魔王? 噂には聞いてるけど、ほんとにいるの?」
「いるどころではない!」
バレンシアが怒ってテーブルを叩いた。うかつな言葉だったらしい。
「ちょっとお。また壊さないでよねぇ」
魔術師長ライムがたしなめる。
セトカは咳ばらいをしてから続けた。
「正しくは、魔王を名乗っている存在だ。だが、やつは大陸の北の端に居城を構え、魔物たちを自在に使役し、人々に多大な害をなしている。もちろん人間も無力ではない。我がデコタンゴール王国をはじめ、北方諸国は強兵を揃え、やつらの襲撃を幾度もはねのけてきた。その戦いは数百年もの長きにわたって続いている」
「数百年……」
「それがここ数年、魔王軍の攻勢が激しさを増しているのだ。我が国では北に防衛線を張り、騎士団を中心に国土と住民を守るために日夜必死で戦っている。こうしている今も」
セトカの言葉に、他の3人の目も一瞬宙をさまよった。北の地で今も戦っている仲間たちのことを思っているのか……。
「その魔王が、今を去ること2か月前に、ある通告を北方諸国に向かって発した」
「通告?」
「ああ。やつはあるモンスターの大量繁殖に成功したと言う。そしてそのモンスターで北の国々をすべて踏みつぶす、と言うのだ。脅迫ではない。恐怖に怯える様を見たいがために、わざわざそんな通告をしたのだ。そして、最初に魔王の領土に最も近い小国が滅ぼされた。あるモンスターの大群によって」
レンジは、さっきまでの笑いが完全に消え去っていったのを感じていた。
「それが、スライム?」
セトカはうなづいた。
「たかがスライム、と思ってくれるな。煙るように地の果てまで続く、無数のスライムの行軍だ。それは耳を聾する地鳴りを伴い、すべてを薙ぎ払い、押しつぶす、止めどない波濤」
セトカの言葉をついで、バレンシアが口を開いた。
「一匹、二匹と斬っていっても、とうてい間に合わねえ。剣で津波を食い止めようとするようなもんだ」
ついで、ライムが陰鬱そうに言う。
「魔法もダメ。北方最強の魔術師団を擁するボロニア王国が抵抗しようとしたけど、何千万匹か倒したところで全員の魔力が尽きてぇ。それで負け。足止めにもならなかったのぉ」
「な、なん千万匹って。何匹いるんだよスライムは」
想像を絶する数だ。レンジの頭のなかでは、うまくその全容を構築できない。
セトカがため息をついて、口を開いた。
「魔王が通達してきたところによると……。その数……」
「その数?」
もごもごと口ごもったのでレンジは続きを促した。
セトカは重い口を開いた。
「さ、3兆匹」
「はあああ?!!!」
思わずレンジの口から大声が出た。
「3兆て。スライム3兆匹て!! どんな数だよ。ありえねえ」
まったく想像の外の数字だった。
レンジが遭遇したことのあるスライムの群れは、せいぜい2,30匹だ。大きな群れは巣である洞窟のなかにいることが多く、そして狭い洞窟のなかでは、そもそもそんな巨大な群れになりえないのだ。
3兆匹、と言ってから、なぜか俯いてしまったセトカを横からバレンシアが小突いた。
「団長、ちょっと。またかよ」
ライムもくちばしを突き出して、「だめよぉ」と言った。
マーコットは、おずおずと「違うであります」と言う。
「え、え、なにが違うの」
不安そうなレンジに、セトカは気まずい様子でさらにこうべを垂れた。
「申し訳ない。本当は……5兆匹だ」
「変わらんわ!」
レンジはまた叫んだ。
「ていうか、3兆が5兆だろうが、頭のなかの絵がなにも変わらん! いっぱい! スライム、いーっっっっっっっぱい!」
「セトカ、悪い癖よぉ。ちょっと控えめに言うの」
ライムがネチネチと団長を責める。
「王立学校でもよく先生に、課題が10ページしかできてません、とかって謝って、実際は6ページしかできてなくて、結局2回怒られてたじゃない。すぐバレるから意味ないし、余計怒られるだけなのに」
「ううう。すまん」
セトカは体をちぢこませて俯いてしまった。
なんなの。
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