第3話 ただでとは言わん
「もちろんただでとは言わん。報酬は金貨、1000枚だ!」
大柄な白い鎧の女性が、大きな布袋を掲げた。じゃらりと重そうな音がする。
そして、レンジの席まで歩み寄ってドスンと布袋をテーブルの上に置いた。
袋の口からは、目にもまばゆい輝きを放つ金貨がこぼれ出てくる。
「金貨1000枚いぃぃ?」
レンジは目を剥いた。そんな大金見たことない。おとぎ話で出てくるようなやつだ。
「悪いが、旅先ゆえ、ここにあるのは前金の300枚だ。残りは我が国に到着し、依頼が達成されたのちにお渡しする」
「わ、我が国って?」
女性は、鎧の胸を手甲で叩いた。ガシンと重い音がする。
「我らは神聖デコタンゴール王国の近衛第三軍所属、聖白火騎士団(せいはっかきしだん)。私は副団長のバレンシアだ」
その名乗りに、ハゲの店主が驚いて声を上げた。
「デコタンゴール王国っていやあ、カラマンダリン山脈の北にある国じゃねえか。こんな遠くまでわざわざやってきたってのか。道なんてねえぜ。西方経由でひと月、いやあ2月ははかかるだろ」
レンジはあらためて女騎士の容姿を観察した。全身がマントと重そうな鎧で隠れてはいるが、顔立ちは、確かにここいらの人間とは違うようだった。
肌は真っ白でほりが深く、目鼻はやけに整っている。大男のハゲ店主より頭一つ背が高いという信じられないほどの長身だが、かなりの美人だった。
なにより唇が肉感的に厚い。さっきまでラウェニアのぷるんとした唇を思い出して悶々としてたレンジには、罪深い。
「そのデコタンゴール王国の女騎士さまが、俺になんの用だって? 人違いか、聞き間違いじゃないかと思うんだが」
「ちょっと、バレンシア」
後ろから、鎧を身に着けていない女性が女騎士のマントのすそを引っ張った。
濃い緑色のローブ姿。魔法使いの装束だ。手には杖を持っている。
「おっと、そうだな。店主、ここからはちょっと人払いを願いたい」
「人払いって、酒場で酒も頼まねえでなにを勝手なこと言ってやがる」
店主がその集団の迫力に気おされながらも、言い返す。
「ただでとは言わん。これでどうだ」
バレンシアが、レンジのいるテーブルの上に散らばった金貨から1枚を取り上げて、店主の前にかざした。
「え、そっから取るの?」
まだなにがなんだかわからないままだが、くれると言われたものが減ってしまうのは、なんというか、なにこれ。なにこの気持ち。すごい嫌。
レンジはモジモジと身をよじった。
「おいみんな、悪いが店じまいだ。とっとと出ていってくんな!」
店主はパンパンと手を叩き、常連客たちを追い出しはじめた。見事な手のひらの返しようだ。
客たちも、ことの成り行きを興味深そうに見ていたので、不満たらたらだったが、強引な店主に次々と追い出されてしまった。
「へへ。人払いしやしたぜ」
揉み手をする店主に、バレンシアは金貨を手渡した。受け取った店主は金貨に目を近づけたかと思うと、端を軽く噛んだ。
「へー。北の国の金貨はヘンルーダのものより質が良さそうだ」
そう言って喜んでいる。
その時、客たちと入れ替わりで、また数人の女騎士たちが店内に入ってきた。全員がおそろいの白い鎧姿だ。
「まだいたのか! あんたら、どれだけいやがるんだ」
レンジは毒づく。
「あ、団長」
先頭の女騎士に気づいたバレンシアが、すぐに直立不動の姿勢を取る。ほかの騎士たちも全員それにならった。
ザンッ、という鎧の音がそろう。彼女たちの統制のとれかたは尋常じゃないようだ。
「いたようだな」
壊れた扉から入ってきた女性に、レンジは目を奪われた。
白い花が、キラキラと輝きながら風に乗ってやってきたようだった。その瞬間、時が止まったように感じた。
レンジは思わず、結婚してくれ、と口にしそうになった。
団長と呼ばれたその女騎士は立ち止ると前に手をかざし、それを合図に騎士たちが直立の姿勢を解く。
「お、親玉のご登場かい」
レンジはがんばって強がってみせた。周りがみんな姿勢よく立っているなかで座ったままというのは、こんなに居心地が悪いものだったとは。まして、見たことのない異様な集団のなかで。
「レンジ殿だな。どうか我ら聖白火騎士団(せいはっかきしだん)とともに来て、恐るべき敵を討ち果たすためにご助力願いたい」
団長は頭を下げた。ほかの騎士たちも一斉に頭を下げる。
そうして、頭をもとの位置に戻した団長とレンジの視線が合った。
「ハクい」
「は?」
思わず、いにしえの言葉が出てしまうくらいに、団長は美しかった。背は170センチのレンジと同じくらいだろうか。立ち姿は凛として、肌は淡雪のごとく白い。強い意志を秘めた眉は凛々しく、その瞳は吸い込まれそうなサファイアブルーだ。
前髪は切り揃えられ、そこがそこはかとない幼さを醸し出している。
まだ若そうだ。20台前半だろう。
その娘が、白い鎧とマントに身を包んで、小首をかしげている。
結婚してくれ。
「あ、いやその……。さ、さっき聞いたけどさ、聞き間違えじゃなかったら、その討ち果たしたい敵って、スライム……なの?」
団長の頬がピクリと震えた。
「その通りだ。我らの国は今、スライムの攻撃により、滅亡の危機に瀕している」
「ちょ、ちょっと待って。まじで? まじで言ってるの?」
レンジは笑い出しそうなのを必死でこらえた。その美しすぎる外見と、なんだか子どもじみた嘘のような話とのギャップが、ツボに入ったようだった。
「スライム?」
笑いをかみ殺したレンジの問いに、団長はうなづく。
「あの半透明でぷるぷるした?」
団長は生真面目にまたうなづいた。
「そうだ。半透明でぷるぷるしてるやつだ」
レンジは最初、その依頼を副団長だというバレンシアから聞かされた時、考えていた。なぜ俺なのかと。
28歳のこんにちまで、組んだパーティは数知れず、そのすべてにおいて追放の憂き目にあってきたレンジだ。紹介してくれたギムレットの顔を散々つぶしてきたのだ。
かつてはレンジを名指しで雇おうとした連中もいた。それらは、かの『雷を呼ぶ者』の弟子だという話を聞いて、わざわざやってきたのだ。
その彼らも、すぐに失望することになる。
なにしろレベル6。
冒険者になりたての14、15のガキでもすぐに追いつくようなレベルなのだ。
その原因は、強いモンスターを前にすると足が竦み、膝は笑い、腰は抜け、腹はグルグル、心臓はバクバク、喉は渇き、顔は色なく、頭は逃げることしか考えられなくなる、という重度の臆病さにあった。
おかげでパーティの危機においてはまったく役に立たず、むしろ危険を招くだけの存在であり、得意なのは安全にスライムを狩ることだけ、というクズ中のクズ冒険者なのだ。
しかもスケベだ。彼女いない歴、実にひい、ふう……、何年だ?
そのレンジを、この女騎士の集団は、はるか北の国から金貨を担いでやってきて、なんと言って頭を下げたのだ?
え? スライム?
確かにスライムを倒すのは得意だが、そんな勇名が山脈の向こう側まで鳴り響くことなどあるわけがない。
だったら、もう一つの可能性しかないじゃないか。
レンジは自らに集まっている視線に気づき、笑いを引っ込めて、「んん!」と咳ばらいをしてから、訊ねた。
「『雷を呼ぶ者』に、用があるのか?」
団長はアーモンドのように形の良い目を細め、ニコリとしてうなづいた。
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