友達の境界線

はなお

第1話



親友から告白された。

こんなに気まずい沈黙は久しぶりで。

なんだか分かんないままに縦に頷いてた。



ありがとうって泣き出したのを見て、

死ぬほど後悔した。


 

ごめん。

あたしはあんたを好きになれん。




あんたは女だから。







「ポッキーもーらーい!」


「はいはい」


机の下からひょっこり出てきたアホ面。

口にポッキーを2本突っ込む。


「うま」


「だろイチゴ味」


「まじ腹減ったあ、4限ぜったいお腹なる」


「いつも言ってんじゃん」



じゃあダイエットとか言って朝ごはん

減らしてくるのやめろよ。

って台詞もだいぶ言い飽きたのでやめた。

 


「えへへ」



「……はぁ」



ゆらゆら揺れるカーテンがうざったい。

窓際の席って意外とハズレなんだよな。



「……あのさ〜。あと3日で夏休みだね」


「うん」



てか、セミうるさ。



「ほんと、時たつの早すぎなーい?」


「な。気づけば高2の夏……」



…セミの声って何でこんな耳障りなんだろ。

なんか、焦らされるっていうか。



「……あのさ〜」


「なに?」




耳がキンキンする。

夏休み前だからか教室の中も騒がしい。





「花火大会もうすぐあるらしいよね~」


「ぽいね、休み入ってすぐあるんでしょ」



近くの席でも浴衣着ていくだか何だか、

話してる声が聞こえる。


お、坂家くんが愛ちゃん誘いに行ったぽい。



「見て、愛ちゃんが…」


「聞いて」




声色が変わった。


「……なに」




じと。


頬杖をついている手のひらに汗が滲む。




「花火デートしよ」


「………」



いつから嫌になったんだっけ。

デートって言葉。



「いいよ」











いいよじゃねーよ。





「じゃーん!ゆ、か、た!!」


「はいはい」



公園の前に同時に着いた。

家近いし一緒に行けばいーやん!案は

却下されて現地集合になったのだった。




「浴衣かわいい?」


「似合ってるよ」



あたしは動きやすいラフな服なのに。



一人で浴衣って恥ずかしくないの?

って言いたいけど、


まぁ、何で浴衣なのかは分かってる。

多分あたしに可愛いって言ってほしいから。



だから、どうしても言えない。

辛口もかわいいも。



「でしょ?かわいいでしょお!」



公園の入り口から見える屋台が眩しい。



手を引かれる。


「まわろ!」


「うん………ちょ、」



くすぐったい。

いつの間にか恋人繋ぎになってる。



指が交差する摩擦が耐えられない。


「…はやく行こっ」



繋いだ手からじんわりとした熱が伝わる。



お願い。マジで。

応えられないからあたし。









屋台を一周する頃には

あたしの手は食べ物で塞がっていた。

…わざとだけど。



「焼きそばうま」


「ね〜!あ、たこ焼きあげる〜!!」



口にほかほかのたこ焼きを詰め込まれる。

美味しい。

今日1の至福の時間かも。


「あっ」

「なに?どうした」


急に巾着をあさり始めた。

ガサゴソと何か探している。




「ほら……よし取れた」



口端をティッシュで拭われた。



「付いてた?ありがと」

「どーいたしましてっ」



「……今のどーお?女子力高くない私!?」



道沿いのゴミ袋にティッシュを捨てた後、

謎のドヤ顔をかましてきた。


……何のアピール?


彼女ヅラってやつ?



「も〜まったく困ったちゃん!」



肩をツンツンしてくる。

 


「私がいないとだめなんだから〜」



笑いながら、肩をさすられる。

触れられた部分から鳥肌が広がる。



何か吐き出してしまいそうな感情を

飲み込む。



立ってられない。








「……ベンチ行って食べよ」


「おっけ!」




人気のないベンチに腰掛ける。


……もうあたし無理だ。







二人とも食べ終わった後、


少しの間の後、口を開いた。




「言いたいことがあるんだけど」


「ん〜?」


「………」


もう楽になろう。

ちゃんと謝ろう。



右のほっぺがぴりぴりする。

視線が刺さる。




はー…緊張する。よし。




言え


言え









言え!!!










言えない。


口が固まったみたいに動かない。







恋人として付き合ってくのは無理だって。

言っちゃったら、もう仲良くできないかな。


あんなにうちら仲良かったのに。



どんな事があっても、ずっと壊れないって

信じ込んでた。






「……ッあ」



泣きそうになる。

終わってしまうかもって思うと。



きっと、あの時こんな気持ちだったんだ。



今まで積み重なってきた

時間とか気持ちとかの重みがすべて、



すべて失うかもしれない。





『好きです。付き合ってください』




この言葉に


あんたのどれほどの覚悟が込められてたか

今は痛いほどにわかる。






「あっ…あのね、あたし……」



右に振り向く。






目が合う。


ちゃんと目合わせたのいつぶりだ。


あたしを見ているぱっちり開いた目は、


溢れ出そうな何かを

ギリギリの所で抑えている。






「あたし…」


「やだ!!!!!」




溢れた。




「やだ!……言わなっ…で…!ご、ごめ

っごめん、なっ、なぎさちゃん……」





しゃくりあげながら泣いている。


止まらない。



なぎさちゃん、なぎさちゃん


あたしの名前を何度も呼ぶ。





「どうしてあんたが謝るの…あっ、あたしのせいだよっほんとに、ごめん!だって…」


「だってっあたし、あんたに嘘…」




「分かってたに決まってんじゃん!!!」




声が頭に重く響く。


こんな顔見たことない。






「私、ずっと見てたんだから!」


「中学んときから見てたんだから!!」


「私にっ……嘘ついて合わせてたのも」



「っやさしいから……なぎさちゃんは」


「や、優しくない!あたし自分ばっか……」




「……っ正直キモかったっしょ??」




胸が引き裂かれそうになる。

お願いだからそんな風に笑わないで。




「思ったことない!!」




「うそ…っ…気づいてたよ……」


「私なぎさちゃんのく、口下手な所が好き」



「だ、だけど最近はそうじゃなかった…」



「私と…話すのがいやで喋んなかった…」




俯きながら肩を震わせる。




「ぐすっ私が………キモいから……っ!」


「あんたのせいじゃない!」




思わず肩を掴んだ。




「あたしは、あたし自身が

気持ち悪かった!」



「あんたと向き合おうとせず、

現状維持とかっ、バカみたいな事考えて…」



「ずっと負い目を感じてて、まともに、

あんたを見れない最低な自分が………………ずっと許せなくて……気持ち悪くて…!」





「……っ……なぎさちゃん……」




目と目が合う。


涙が次から次へとぼろぼろ溢れている。




「………」




ハンカチで涙を拭おうとする。


伸ばした手は跳ね除けられた。





「……ごめん、こんな奴……触られたくないよね」



「触って欲しいに決まってるじゃん」



行き場のなかった手は、

ぬるい両手に包まれる。





「………でも、そしたら…そしたら多分

もっと好きになっちゃうから」


「だから………」




私を包む手が震えている。



あまりにも切ない表情に、胸がギュッと

締め付けられる。



心から愛してる。

そんな眼差しを向けられる。


あたしは愛されるような奴じゃないのに。




「…ずびっ……なぎさちゃん」


「…なに?」



ぱっと両手が離れた。



「中学の時……同じクラスだった時のこと、

覚えてる?」


「………うん」





自分の手で涙を拭いながら、話し出す。






「クラスのリーダーみたいな子に、私が、

目つけられて、皆から無視されてたとき…」



「なぎさちゃんが……いつもと変わらず

おはよって言ってくれたのが、嬉しかった」



「いつも一人でも、堂々としてて……


でもっ、私が勇気出して話しかけてみたら

めっちゃ話し返してくれてさ」



「喋るの、あんま得意じゃないのにさあ」



「うん…」



段々と声が落ち着いてきている。

いつの間にか涙も止まっていた。




「男の子達に、チヤホヤされるより………

なぎさちゃんと休み時間に話したり、お弁当

食べたり、街で遊んだりする時間が、何より私にとって特別で……」



「友達のままでも良いって、本気で思ってたけど……」



「でも、ほんとはずっと好きで……好きで、

大大大好きで……」




「………」



分からない。

どうしてそこまで私のことを…。








「……愛してる、なぎさちゃん」




風で、髪がなびいていた。


ふわっと笑った。




そうだ。


初めて話したとき、

キレイに笑う子だと思ったんだ。


思い出した。




「………私も、」




体中からぶわっと何か湧き上がってくる。


同じじゃないかもしれない。



けど、どうしても伝えたくなった。





「私も愛してるよ……こころ」




彼女の名前を呼ぶ。


こころは一瞬驚いたような顔をした後、

にっこりと微笑み返してくれた。











「……もう、戻ろっか」


こころが立ち上がる。




「うん、もう花火始まっちゃうしね…」



「友達に戻ろっか」




こころを見上げる。


夜空を眺めるこころは、どこかすっきりと

したような顔をしていた。




「私ね、なぎさちゃんがめーーっちゃくちゃ

好きだから」


「……どんな形の愛でもきっと、ずっと好きでいることをやめられないから……」





「なぎさちゃん」


「こころ……」



「また友達になってくれる?」




体が、熱い。

少し肌寒いくらいのはずなのに。


あたしを、

こんなにも愛してくれる人がいる。




「……当たり前じゃん」


「えへへ」











人混みの中、花火を見上げた。

二人で手を強く繋ぎながら。




その日、手を繋いで帰った。

もうモヤモヤした気持ちは無くなっていた。



手のひらがあったかくて。



本当に心が通じてる、そんな気がした。






「ずっと親友だよ」





















今年、あたし達は高校3年生になった。





3年ではクラスが分かれて、話す機会も

ほぼなくなった。


たまに廊下ですれ違うとき、

ハイタッチしたり小話するくらいだけ。


2年の頃がウソみたいに。




あたし達はこれから、違う道に進んで、

だんだん離れていくだろう。




今も、傍から見たらもう友達とは

言えないかもしれない。



でも、これからもきっと最高の親友で

居続ける。













恋愛と友情の、境界ってどこだろう。








誰もが悩んでしまうテーマかもしれない。




あたしが思うに、境界線とか

そんなハッキリしたものはなくて、




それぞれの心の中にそれぞれの愛の形が

あるんだと思う。




そばにいなくても、ずっと幸せを祈ってる。



そんな愛の形が、あってもいいと。











18歳の夏に、思いを馳せる。








                




                 終わり

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