第01話、ミスリル製のネックレス
十五年前、異世界から召喚された勇者ユート・オーサキと、異世界から転生した聖女ルクレツィアによって、魔王と魔界四天王は倒された。だが異世界の常識を持つ勇者は、
「戦闘員以外は殺さない。ましてや子供の命を奪うなんて」
と、当時七歳だったアンリ、〇歳だったあたし、そして四天王の血を引く二歳のジュキを救った。
広大な魔界の土地は勇者を召喚したブルクハルト王国の領土となった。まだ七歳だったお兄様が「魔侯爵」として魔界の領主に任じられ、魔族を治めることとなったのだ。
だが、一般的な魔族程度の魔力量しか持たない兄と比べ、あたしは〇歳児のくせに父親である魔王の膨大な魔力を受け継いでいたそうだ。
「娘のほうだけでも殺しておかないと、のちの世に
ブルクハルト王国魔法騎士団長の提案に聖女は、
「確かに、処刑をまぬがれたヨリトモやヨシツネが、長じてヘーケを倒した歴史もありますしね……」
などと異世界の歴史を持ちだしたと、家庭教師の作った教科書に書いてあった。
結果、聖女はあたしに魔王城の敷地から出られないよう、
「これはわれわれ魔族と人間の融和を示す重要な政略結婚なのだ。レモ、分かるな?」
紺色の髪をまっすぐ腰まで伸ばした兄が、
「――てことはついに、レモネッラ姫は城の外に出られるのか?」
ジュキが尋ねた。
「そうだ」
と兄はうなずいて、
「明日、解呪のために聖女がやってくる。転移魔法陣で直接王都へ連れてゆくそうだ。王都には聖女の強力な結界が張られていて、魔族は攻撃魔術を使えないからな」
「よかったな、姫!」
ジュキが自分のことのように喜んで、あたしの両手をにぎりしめた。「ようやく城の外に出られるんだ!」
浮かない顔をするあたしに、
「どうしたんだよ、姫さん。いつか魔王城から出たいって、あんたの念願だったじゃねえか」
「ジュキと離れ離れになるくらいなら――」
あたしは小声でつぶやいた。「いくら外に出られたって……」
「あー安心しろ」
兄が紺色の髪をかきあげながら疲れた声で言った。
「ジュキエーレ・クレメンティは今後もレモネッラ姫の身辺護衛の任務を果たすため、人間界に同行することを命ずる」
「そうなの!?」
思わず声のトーンがはねあがるあたし。
「俺たちいっしょに行けるんだ!」
ジュキが屈託のない笑みを浮かべた。
その様子を
「ジュキには婚礼の儀の最中も、レモのすぐ近くで護衛の任務についてほしい。そのためお前にベールボーイを頼もうと思う」
ベールボーイって―― 結婚式で、花嫁さんの長いベールを持ってうしろから歩く役目だっけ?
「俺、人間界のしきたりとか詳しくないんだけど…… あれってガキがやるんじゃ――?」
指先で頬をかきながら
「お前なら小柄だから大丈夫だろう」
兄は
「小さくねぇよ!」
牙を見せて声を荒らげるジュキ。
確かに、うしろからジュキが目を光らせて護衛してくれるなら安心だ。まだぶつぶつ言っている彼に、
「大丈夫よ。ジュキはかわいいからベールボーイも違和感ないって」
「そんな…… 姫まで――」
あれ? フォローしたつもりがショック受けてる?
兄がコホンとせき払いして、上着の大きなポケットからネックレスを取り出した。
「それからレモにはこれをつけてもらう」
「プラチナのネックレス?」
あたしの問いには答えず、兄は口の中で小さく呪文を唱え始める。
すると次の瞬間、それはあたしの首に装着されていた。
「きゃっ なにこれ!」
首元に刺激を感じて、はずそうとすると――
「あつっ」
「大丈夫か!?」
ジュキがすぐさまあたしの指をにぎる。
それから兄に非難の目を向け、
「何をしたのです、アンリ殿」
「そのネックレスはミスリル製で、魔王城の職人に半年かけて作らせた特別なものだ。レモの魔力を吸収し、感情変化にともなう暴発を
「なんでそれで
ジュキはきつい目で兄をにらみながら、赤くなったあたしの指先に回復魔法をかけてくれる。白い光がぽうっと二人の手を包み込んだ。
「はずそうとすると、われわれ魔族の持つ魔力に反応するように術をかけた。お前たちの手では一生それをはずすことはできない。喜べレモ。これでお前も、魔界と違って気候もいいし、おいしいものもたくさんある人間界で暮らしていけるのだ」
「どうせ王都から出られないんでしょ」
「魔王城から出られない今までの生活よりはマシだろうが」
悔しいが、それは兄の言う通りだった。
「それじゃあお前たちは明日までに身の回りのものをまとめておけ。明日の正午に聖女と勇者が王国魔法騎士団とともに迎えに来るから、それまでに準備しておけよ」
兄は疲れの見える声で指示をするとあたしに向きなおり、
「レモ、お前の衣服と本は後日、嫁入り道具一式と一緒に送ってやるから安心しろ」
と言い残して出て行った。
「姫さん、なんか手伝うことあるか?」
ジュキがやさしい声をかけてくれる。あたしは首を振って、
「一人でできるわ。でもジュキ、ごめんね。あなたも人間界に行かなきゃいけないなんて、こんなことに巻き込んでしまって――」
「あやまることなんかなんもねぇよ」
ジュキはカラカラと笑った。
「俺は身寄りもねぇんだ。身軽なもんよ!」
あたしに心配させないためか、いつもの屈託ない笑みを浮かべる。
「そうだったわね……」
うつむくあたしの前に、彼はひざまずいた。
「人間界に行ってもあんたの護衛を続けられるんなら、むしろ本望さ。レモネッラ姫――」
そっとあたしの手を取り、指先に唇を近づけた。
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