魔王の娘は護衛の騎士と逃げ出したい ~恋心を隠してきた幼馴染から「愛さない」と言われてショックを受けていたのに私が追放された途端、溺愛されて幸せです~

綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中

プロローグ、魔王の娘レモネッラ・ド・セッテマーリの婚約者

「魔王の娘レモネッラ・ド・セッテマーリよ、僕はお前との婚約を解消する! 二度と我がブルクハルト城に足を踏み入れるな!」


「ありがとう、アルトゥーロ王子。頼まれたって王都の土さえ踏みたくないわ」


「レモ、私からもお前に言っておこう」


「何かしら、お兄様」


「魔王城にも二度と戻ってくるな。お前を魔界から追放する」


「ようやく自由になれるのね! 魔王城からも解放してくださるなんて、やさしいお兄様! お礼を言うわ!」




 ――事の起こりはきのうの朝――


「レモ、よく聞け。明日、お前と人間界のブルクハルト王国第二王子アルトゥーロ・フォン・ブルクハルトの結婚式が執り行われる」


「…………は?」


 兄アンリの言葉に言葉を失ったのは、黒薔薇の庭を見下ろす窓際で朝食後の読書をしているときだった。魔界の空は今日もどんよりと曇っている。


 四つ葉のクローバーのしおりを読みかけの本にはさみ、背の高い兄を見上げる。


「なんでいきなりあたしが結婚するの?」


「実は半年前から決まっていたんだが、お前は絶対に反抗するだろうから黙っていたんだ」


「本人に無断で婚約を決めたっていうの!?」


「言うことをきかないお前も、前日に言われては手も足も出まい」


 勝ち誇ったように言い放つ兄。


「なんて卑怯なの――」


 あたしの頭上でぱちぱちと静電気のような音がする。あたしの髪からぴょこんと飛び出したピンク色のツノの間に魔力が発生しているのだ。


「お前は相変わらず魔力コントロールができないんだな。怒ると魔力があふれ出すなんて、魔族の中でもお前くらいだぞ」


 あきれ顔の兄を無視して、あたしは交差させた両手をゆっくりと持ち上げた。両手のひらの間に瘴気しょうきが渦巻く。


「やるつもりか!?」


 兄が構えた両手の中に魔法弾が生まれた瞬間――


 ばんっ


 突然窓がひらき、白い影が室内に颯爽さっそうと舞い降りた。


「そこまでです、アンリ殿」


 凛とした声が室内に響く。彼はあたしと兄の間に立ち、一瞬のうちに結界を張っていた。兄に向かって片手を伸ばしたまま、


「それ以上は俺が許しません」 


 静かな、だが有無を言わせぬ口調で告げた。


「ジュキエーレ・クレメンティ、お前を雇っているのは誰だ?」


 兄の皮肉めいた質問はあっさりと無視して、ジュキエーレはこちらを振り返った。ふわりと払った白いマントであたしを包み、


「レモネッラ姫、けがはないか?」


 宝石のエメラルドを埋め込んだかと思うような美しい瞳で、心配そうにあたしをみつめた。


「ジュキこそ――」


 あたしは上目づかいで彼をみつめる。開け放った窓からすべりこむしめった風が、彼のやわらかい銀髪をかすかにゆらした。


「――お兄様の魔法弾でけがしたりしてない?」


「俺は平気」


 彼はふわっとほほ笑んだ。無表情だとなんだか悪役みたいな目つきなのに、笑うと無邪気な少年のようだ。


「いつもあたしを守ってくれてありがと!」


 あたしは精一杯の笑顔でお礼を言った。本当はぎゅって抱きしめたいけど自制した。だって彼はあたしの護衛の騎士だから。こうしてあたしを守ってくれるのは、護衛としての任務なんだって分かってるから――

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