昔の人って
「知ってる?昔の人って信号機っていうのがあってそれを見ながら運転していたんだよ」
「知ってるよ。父さんが小さいころはこの街にもまだ少し信号機が残っていたんだよ。もう使用されていなかったけどね」
「私も信号機見てみたかったなあ。そっちの方が歩くのも楽しそうじゃん」
人も車も位置情報を管理される世の中になってからもう久しい。車の走行は完全に自動化された。交通事故は驚異的なスピードで減少し、今ではほとんど聞くことがない。警察官の中で交通事故の処理を経験をしたことがない者が増え続けているという記事が先日新聞に載っていたくらいだ。
信号機の廃止が決まったのは完全自動化が普及してから10年ほど経過したころであったというのを何かで読んだ。国が完全自動運転車の購入資金に対して多額の補助金をばらまいたため国民の車の買い替えが思いのほか順調に進んだらしい。完全自動運転車が完全に普及した後はすべて衛星によって車の運行が管理されることになり、信号機そのものの設置が不要という結論になったようだ。信号機の撤去については当時の国民も少なからず拒否反応を示したようであるが、それにまさるほどに完全自動運転車が導入されてからの日々の中で信号機の不要さを国民が身を持って実感していたようだ。結局大きな反対もなく信号機の撤去が決まった。それからはご存知のとおりだ。AIが絶えず全て車の運行を管理することによって交通渋滞は劇的に減少した。適した目的地までのルートどりのみならず、交差点で停車するタイミングや適切かつ最速で目的地に到着する運行など全てをAIが管理する。対向車もわき道から出てくる車も全て同じAIのもとで走行しているのだから事故も起きようがない。歩行者が道路を横断する時もAIの指示を受け横断する。横断する場所とタイミングはその時々で変わるため、信号機と共に横断歩道もこの社会から退場することとなった。
「自分で運転する世界と自動で車が走る世界。どっちが良かった?」
「うーん。信号機は見てみたいけど。自分で運転するのはどうだろう。ちょっと怖いかも」
昔の人が何を考えていたかわからないが大切な人を失う悲しみは同じだったはずだ。今の世界をうらやむ昔の人もいるに違いない。
「これからドライブにいかないか?」
「ドライブっていっても自動でしょ?」
娘がくすくす笑う。
「そんなことはどうでもいいんだよ。ほら、行くよ」
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