そんなあなた
「人間いつ死ぬかわからないからお金はつかうことにしてるの」
「へえ。もしお金をつかい切ってそれでも死ななかったらどうするの」
「うーん。そしたら死ぬしかないね」
なんだそれはと思ったが、なんだか悪い気はしない考え方だ。
「だって貯めたお金に手を着けずに死ぬよりはそっちの方がずっと素敵じゃない?この世界に絶対なんてないんだよ」
そう言うと、彼女はさっさと歩き始めてしまった。心なしか上機嫌にも見える。
いつからだろう。リスクをとらないこと、事前の準備を怠らないことが自らに課せられた責務だと思うようになったのは。社会にでて働いているとその責務を果たすことが当然のことに思わされる。電車が遅れても間に合うよう多少の遅延を見越した時間に家をでる。あらゆる保険に加入して不測の事態に備える。そういった準備をしてないと防げた失敗や悲劇が起きたときにまわりから眉をひそめられると思っている。
しかし、本当にそうなのだろうか。つまるところは自らが被る損害である。本人が納得さえしていれば不測の事態に備えて投資する睡眠時間や金銭を今現在自らが求める別のものに費やしてもなんの問題もないはずである。
では、なぜそうしないのか。普通はそうするという同調圧力もあるだろう。しかし、それ以上に自らの意志でまわりの大多数と異なった選択をして、結果的に自分だけが不利益を被るという状況に耐えられないから人は周りと同じ選択するのではないだろうか。自分の決断に対して責任をとる覚悟ができないこと。自らが本来持っている選択肢について思考停止に陥っていること。なんだか普通であることや社会人としての責任を果たしていることはそれほど大したことではないように思えてきた。
僕がこんなことを考えてみるようになったのも彼女の影響だ。出会った当初は彼女の自由気ままな行動や発言に振り回されていると感じていた。でも彼女のふるまいをよく噛み砕いてみると誰かに迷惑をかけたり不快な思いをさせているものではなかった。ただただ僕の思う普通と異なる点があるだけのことだったのだ。
「ねぇ明日死んじゃうかも知れないんだし、今日はちょっと贅沢しない?僕が多めに出すからさ」
「お、君もなかなかわかってきたねぇ。奢るとまで言わないところがまた君らしい」
「明日の朝もし生きてたらコーヒーくらいは飲みたいからね。ほら、この世界に絶対なんてないからさ」
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