常識なんて

@ponsetaro

身だしなみ

「おい!!なんだ、その髪型は!!ふざけてるのか!!」

 朝から、部長の怒号がフロア中に鳴り響く。

 市販のブリーチ薬剤でしっかり二回は脱色したであろう毛髪の痛み。ブラインドの隙間から差し込む朝日に照らされたその輝きは目を細めたくなるほどだ。そんな金髪で構成された寸分違わぬフォルムを誇るリーゼント。

 今日も部長の髪型は完璧だ。なにしろ毎日夜明けと共に起床してきっちり二時間セッティングに当てているというのだから我々平社員は頭が上がらない。

 一方紅潮した顔ですごむ部長の前でうなだれる男は今年の新人として我が営業部に配属された畑山君だ。大型連休明けの最初の出勤日である今日、あろうことかまったく脱色した形跡すらない短髪の黒髪で出社してきたのだ。思い返せば大型連休に入る直前には黒髪が混じるだらしない様子ではあった。しかし大型連休に入る前の一種の気の緩みだろうと気に留めていなかった。彼が新人であることもまわりが暖かく見守ることとなった要因だろう。

 それがどうだ。染め直してくることはおろか、そこには短髪の黒髪をジェルと呼ばれるもので撫でつけた若者が立っている。始業前のフロアは異様な空気に包まれている。そこかしこで「今年の新人は」「これがゆとりか」とささやき声が聞こえ始めた。

「社会人としての自覚はないのか!そんな頭で客前に出れると思ってるのか!」

 部長の剣幕は勢いをますばかりだ。ここで畑山が意を決したように口を開いた。

「自分はこの髪型が一番自分らしいと思うんです。それに清潔感という意味ではこの髪型でも問題ないと思います」

 一瞬部長がたじろいだように見えた。しかしすぐに険しい表情に戻った。

「お前の個性は否定しない。否定しないが社会にはTPOというものがある。特に我々営業職はお客に与える印象がそのまま会社の業績に繋がるんだ」

 顔こそ険しいが一転して諭す口調にトーンダウンした。説教もここらで手打ちであろう。

「…わかりました。明日から脱色して来ます」

 納得はしていないのだろうが畑山君は殊勝にそう答えた。

 しかし、身だしなみというのも不思議なものだ。確かに畑山君のいう通り短髪の黒髪も清潔感があるようにも見える。ただ、会社員でそんな髪型をしている人はいないしバンドをやっている若者の髪型というイメージは拭えない。社会人は金髪のリーゼント。襟足を15cm程伸ばすクラシックスタイルが主流である。ビジネス街はリーゼントを専門とする床屋で溢れているし欧米諸国も概ね同じような状況だ。

 始業開始のベルがなる。私は考えることをやめた。いや正確には考えても仕方のないことだと思ったのだ。今週末は床屋に行くことだけ決め、大型連休中にたまったお得意先への連絡案件にとりかかった。

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