エピローグ

第61話

 ふたりが旅行から戻り、はや一週間が経つ。今日もパライソはいつもの通り営業していた。


 帰りに海に寄ってざばざばと泳いできたおかげか、玲はすこぶる身体の調子がいい。今朝は寝坊したせいでろくに水の中に浸かれなかったものの、ランチが終わる時間が近づいても人魚に戻る気配はない。いつもなら鱗がぷつぷつと肌に現れてくる頃だというのに。


 先月から夏メニューをいくつか出し始めた。その昔、玲が人魚として海の底で働いていた頃に飲ませてもらったミルクセーキという飲み物。卵と牛乳とバニラエッセンスを加えて氷と一緒にミキサーでかき回すと、プリン味のフラッペができあがる──これがミルクセーキだ。


 今日は特に暑いからかミルクセーキがよく出ている。潔子がずっとミキサーを動かしていて、手が痛いと嘆いていた。  


 ランチタイムを終えて、静まり返った店の中でいつものように玲と潔子、それから汐乃とルキがコーヒーを飲んでいる。最近のルキはソルトクッキーがお気に入りのようで、いつもコーヒーのお供にしている。


 テーブルの端に置いていた潔子のスマホが震え、潔子は画面を確認するなりぴくりと眉をひそめて、画面を下にしてテーブルに置いた。


「またあいつか?」

「……はい。今度は店のインスタにメッセージが来ました」


 汐乃とルキがぽかんとした後、玲と潔子に話を促す。この雰囲気ならば当然の流れだ。


 ふたりが旅行から戻ってきた辺りから、裕也から潔子へ連絡が入るようになった。お盆休みが近いこともあり、こちらに帰省予定の裕也が会わないかと誘いをかけてくる。


 潔子としても会う気はないし、玲としても会わせる気はさらさらない。せっかくあの旅行をきっかけに玲は潔子と恋人らしいことができるようになったのだ──それをたった一瞬のうちに壊されてはたまらない。


 今もなお、潔子が絶妙なバランスで立っていることを裕也はわかっていない。この幸せを邪魔されたくはないというのに、なかなか諦めてはくれない。


「キャリアメールとスマホのメッセージ機能も拒否にして、しばらく音沙汰なかったんですけどね。最近になって私個人のSNSのアカウントにメッセージが来るようになって。それも無視してたら、今度は店のアカウントにまで」

「へえ……なぜそんなに躍起になってるんでしょうね。玲さんと潔子さんが付き合っているのは、彼はご存知なのでしょう?」

「そうなんですけどねえ……わけわかんねえっす」


 玲は裕也に掴みかかった日のことを思い出す。挑戦的に玲を睨み、バカにしたような口調で玲に話す姿。


 思い出しただけでもはらわたが煮えくりかえりそうだ。裕也を深い海の底まで沈めて沈没船の柱にくくりつけて小魚たちに突かせたい──というくらいには腹が立つ。

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