第60話


 夕食を摂った後にもう一度入浴をした。夜はなにも見えないが、紺色の海を白い波が進んでいるのは目をこらせば見えた。夜の海って不気味だと零す潔子に、いつかその美しさを教えてやりたいと玲は思った。


 つい数時間前に玲と潔子はキスをした。これで潔子が立てた目標は全てクリアした。


 ベッドに寝転んでスマホを見ている潔子に近づき、その隣に無理矢理寝転ぶ。ぎし、とベッドが軋む音がやけに耳についた。


「キス、あんなに嫌がってたのにな。どうした?」

「……玲さんなら、いいかなって。好きだって思ったら、汚いとかそういう気持ちが薄らいで」

「そうかよ。じゃあ、もう一回やっとく?」


 潔子の返事を待たずに玲は潔子の顔を引き寄せる。反応をうかがうが、驚きはしつつも大丈夫そうだ。身体を引き寄せて潔子の身体を両腕で拘束する。玲の身体の上で潔子は戸惑うような顔をしていた。


「玲、さん……あの……」

「わりい。今めちゃくちゃ触りたい。お前が我慢できるところまで、触らして」


 玲の上に乗っかり全身を預けているような体勢で、潔子の方からゆっくりと唇を寄せてくる。潔子の腰から臀部辺りに手を滑らせると、重ねた唇がわずかに震えた。


 潔子はなにかを考えた後に、浴衣の帯をしゅるりと解いた。柔らかそうな肌が玲の視界を占領する。


「……え? 潔子さん?」

「え、お誘いじゃないんですか? 勘違いしてたら、私めちゃくちゃ痛いですよね、今」

「いやいやいや、あの……そんなつもりは……いやあるけど……そんないきなり? めちゃくちゃ汚れるぞ?」

「玲さんなら……いいかなって。汚れたら、洗えばいいですし」


 決意を固めたような潔子の目は、その奥まで覗きこめそうなほどに澄んでいた。


「うぐ……お前、ほんとわけわかんねえよ……ああもう、無理ってなったら殴って止めてくれ」


 玲は潔子を抱きしめたままくるんと寝返りを打つ。目標リストのおさらいをするようにまず小指を繋いで、それから手を握った。ひとつずつ距離を埋めるように潔子に触れた。

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