スイジェ

第13話 飛ばされた先にて


 ドクンドクンドクン!真っ暗な空間に響く様な鼓動が聴覚を支配していた。

 震えるながら体を起こして周りを見渡す。頭の奥が痺れている様な感覚に頭に手を当てる。何が起こったのか理解できずに呆然とし。目の端に青白い光が見えて咄嗟に振り返る。


 窓のカーテンの隙間から光が漏れている。見た事の無い光だったが光の正体を何故か知っていた。


 “誰か助けてくれたのか…?”


 そう思いながら震える手で布団をめくる。半袖に長ズボンのパジャマを身に纏っていた。しかし、一番、目を引いたのは、右脚だった。


 目を丸くして息を飲み恐る恐る膝を折り、触れる。信じられなかったが本物の様だ。


「ぉ、ぉぃ、誰か…居ないのか…?」


 顔を上げて震える声で部屋を見渡しながら呼びかけて見る。しかし、何処からか聞こえる秒針の小さな音だけが無視を兼ねた返事を部屋に鳴らすだけだった。


 耳を澄ましながら見渡す。そこは病室と呼ぶには、あまりにも生活環の漂うだった。


 さっきから初めて見る物に対して全くその感覚が無い。“まさか…!”とサェアとノゥの顔が脳裏を過る。


“また、奴らに体を改造されたのか!?こうしては居られない。“逃げなきゃ…!”


 憤りを感じ、身をよじり、成るべく音を発てない様に、慎重に、匍匐。しかし、床が────抜けた。


「はっ…!?」ベタンッ!


 どうやら、ベッドの上で寝ていたらしく手探りで進んでいたが床が抜けた感覚に思わず息を漏らしながら床に顔から滑り落ちた。


 倒立に失敗したかの様に背を反り、片頬を床に押し潰しながら目を開けて肝を冷やしながら窓側の壁に這い寄り背を付けて。体を持ち上げる。驚くほどにスムーズに立ち上がり右脚の有難味を噛み締めてカーテンに手を伸ばす。

 しかし、カーテンの開け方は知らなかった。そのまま引っ張る。だが、ビクともしなかった。なので次は、力一杯引っ張った。


 ブチブチィン!!とカーテンは、音を立て。カーテンレールもガタヂャン!!と激しい音を立てながら床に落ちた。

 一瞬、焦りはしたが差し込む光に誘われる様に窓の目の前に立つ。窓からの初めて見る景色に言葉を失った。


「何だよこれ…。どこだよ…ここ…?」


 窓の外に広がるのは、だった。空は曇っていたが、街灯が点々とし。路地をバイクが走り。トラックの走行音が遠くで響く。コンビニの灯りが見えるいつもの、普通の住宅街───しかし、全てが知らない光景だった。


 戸惑う気持ちに堪らず頭を抱えて何があったのかを思い出そうとする。“おいおい、もしかして俺は、死んじまったのか!?”


 最後の記憶は、サェアとノゥが死に。沢山の人がを囲み、銃を撃ち……やはり、死んでしまったのだろうか。そうだとしても説明が足りない気がしてならない。“よく思い出せ! アイツ等が何を言っていたのか…っ!!”


 ──────「こうするしか無かったんだ。世界を救うには、他に方法は…無い…!」……「人間…すまない。巻き込むつもりは、無か──」……「お前しかいない……。あの子を救えるのは……! だから、生き──」──────


 サェアとノゥ、二人から聞いた最後の、言葉だけがこの現状を理解するための唯一のヒントになりそうな気がしたが何も分からなかった。ただ、今の自分は、一橋では無いと言う事は、確かだ。


「…クソ!」ドン!!


 壁を叩く。“落ち着け…!落ち着くんだ! 今重要なのは、何があったのかじゃなくて、どうするかだ!”


 額の汗を手で拭い、手の平に目を落とす。街灯の光に天井の間接照明に、手の縁が光る。軽く肩を上げながら息を吸い、目を閉じ息を吐く。


 その時、ギシギシと何処からか、足音が聞こえて来た。“っ!?”


 何処からか、と振り返り見渡す。カーペットの敷かれた部屋の中心には、低いテーブル。壁端には、散らかったベッド、その向かいには、黒いガラス板が机の上に立ってる。壁と一体化してるか様な木製の戸のタンス。


 目に映る全てが新しいが、やはり、これっぽちも新鮮だとは、思えない。そして、肝心の足音は、漫画や教科書等の参考書が収納された本棚の横にドア。足音は、あのドアの向こうから聞こえて来てる様だ。


 急いでドアに向かおうと、速足で踏み出す。しかし、落としたカーテンレールを誤って踏んでしまい、顔を食い縛りながらその場に膝を着きながら身を屈める。「ィッテ…!?」ドジン!!


 その間も足音は近付き遂にドアの前で止まった。“ヤバイ…っ!!”


 ドンドン!「はじめ! 何をしてる!近所迷惑だから大人するんだ!」ドアの向こうから男性の怒った声が聞こえた。


 痛みを噛み殺しながら急いでドアに這い寄り掛かり押さえる。ドスン!!

 部屋の慌ただしい音にドアの向こうの男性は「おい大丈夫か!?」と心配した口調で言った。


 ガチャガチャ!とドアノブが動き押される状況に政府にいたお父さんとお母さんを思い出し背筋を凍らせた。


「っ!? 一!開けるんだ! おい!返事をするんだ! 具合が悪いのか!?」

 

 ドアの向こうの男性は、余程焦っているのか、ドアを強引に開けようとしてる。こっちもこっちで押さえるのに必死だ。“クッソ…! 何か、何か無いのかよ!?”


「しっかりしろ!聞こえるか!?待ってろ今すぐ助けてやるからな!!」


「くっ…!さっき何だってん───うぐぉ!?」ドン!!


 どうやら、ドアの向こうの男性がドアに体当たりし出したらしく。思わず押し飛ばされそうになった。少し、開いたドアの向こうから光が差し込み「一!? す…ゴ、ゴメン!! 出来る限り下がってくれ!!」と男性の声が直に聞こえた。“チクショウが…!こんな訳の分かんねぇ所で終わって堪るかよ…!!”


 バン!!


 急いでドアを閉めて足で踏ん張りどうするかを考えた矢先、床のカーテンレールと机の黒いガラスの板が視界に留まった。


「っ!? 一!何故閉める!? ドアを蹴って移動したのか…? 一。あ、開けるぞ…?」


 その言葉を皮切りにゆっくりとドアノブが回り、壁と床に光を差し広げ始めた。ドアが開き「一!?え、どこに────」と男性は、焦ってる様子で部屋に入って来た。ドアの影に隠れていた俺は、黒いガラス板を振り上げて、小太りの中年男性の背後に急いで近付き力一杯に男性の後頭部に目掛けて振り下ろした。


 ガヂャァアアン!!


 耳をつんざく音と飛び散るガラス片に里弦は、顔をしかめて頭を押さえながら体を丸める男性を見下ろす。


「くっ…!うぐぁああああああああ!!」


 叫ぶ男性。床に広がる鮮血。あまりにも呆気無い光景に「こんなモンかよ…」と顔を引きつりながら壁に立て掛けたカーテンレールに手を伸ばしたその時。「ちょっと大丈夫!?どうしたの!?一はぁ!? あなたぁ!?」「───っ!?」


 開いたドアの向こうから女性の声が聞こえて振り返る。まだ仲間がいるらしい。先に潰して置くか。と部屋を出ようとしたその時。足を掴まれた。


「う、うぐぅ…!一…!どこに行く…!?」


「っ!コイツ…!」


 とても、怪我人とは思えない力だった。これだけの怪我をして尚、俺を見つめるその目は、まるで死を覚悟して家族を守ろうとする父親の様だった。「放せよ。後でじっくり話聞かせて貰うからよ」


「父ちゃん? 母ちゃん、何があったの?」


 若い女性の声がドアの向こうから聞こえて身震いした。“まだ居んのかよ…! これ以上、仲間を呼ばれない為にも早めにしなきゃ。もし、アイツ等を呼ばれたら…”

 俺は、焦る気持ちのままに男性の手を振り解こうと、脚を動かす。しかし、男性は「一! どうしたんだ!! 父ちゃんが分からないのか!?」と言って手を離そうとはしなかった。「この野郎…っ! 放せつってんだろ!!」


 俺は一心不乱にカーテンレールを振り上げて男性の体を叩き始めた。


 バシッ!「うぐっ!」


 ギシッ!「ちょっと……だ、大丈夫なの?」と不安そうな声と共に足音が近付き出した。“このままだと…! こうなったら”


「く、来るなぁあああ!! と、父ちゃんは大丈夫だ!! でも救急車を呼んでくれないかぁ!!」


 顔をしかめ男性は、叫ぶ様にそう言うと、苦痛を感じさせない慈愛の眼差しで俺を見つめて「一、大丈夫だ。父ちゃんが付いてる…!」と優しく、力強く言った。その言葉に反応する様に脳の奥が熱くなるのを感じた。


「さっきから、はじめはじめって誰なんだよ!!」


 俺は、妙な汗を掻きながら男性の頭にカーテンを突き刺そうと力を加えたその一瞬────。


『トンだ厄介者が来たと思えば。全く、親不孝なゴミ猿だな。、勝手な事をするな』


“っ!?”


 一瞬聞こえたその声は、忘れる筈も無い、間違いなくあの少女。アラルの声だった。里駈りつるは、一瞬、手元が狂いそうになったが、男性の後頭部に目掛けてカーテンレールを突き下ろした。


 ドズン!!

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